10月29日放送

外沢照章さん 10月最後の「ほっかいどう元気びと」は、小樽の能面作家 外沢照章さん 75歳。東京都出身で電子機器のエンジニアとして会社員生活を全うした定年後に小樽に移り住み、セカンドライフを充実させているという。
 能面を作り始めたのは会社員として仕事で頭が一杯だったという30代後半。趣味として始めてからすでに35年を超えるとのことだが、なぜ能面作りだったのか、どんな心境だったのか、定年後に小樽をセカンドライフの地に決めたのはなぜなのか・・・お話を伺った。

 現在外沢さんが暮らす小樽には、東北以北唯一と言われる「小樽市能楽堂」がある。大正15年に荒物雑貨商として財を成した岡崎 謙が入舟町の自宅中庭に建てた「旧岡崎家能舞台」と呼ばれるもので、芸道研鑽のため中央から家元を招いて能楽を開催したとのこと。
 この能楽堂があるから小樽が好きという能楽ファンも少なくないが、外沢さんの場合は、娘さん二人が相次いで居住地の横浜から小樽に仕事を見つけて移り住んだことから全く知る人のいなかった小樽に縁が出来、夫婦で訪ねているうちに能楽堂の存在にも惹かれ、定年後に家族が皆小樽で暮らすことになったのだという。

 そもそもの始まりは、奥さんの一言だったと外沢さんはユーモアたっぷりに話す。精密機器の開発という神経の使う仕事に没頭していたためか家でも会社のことで頭が一杯だったというが、家族から見れば「ただゴロゴロしている」としか見えない。そんなある日言われたそうだ。「そういう姿は娘達にとっても良くない」と。その時は反発心もあり悶々とした日々が続いたそう。そんな折にさらに奥さんが放った質問が、「あなたは仕事の他にどんなことが出来るの?」。夫にとっては“詰問”だったそうだが、なぜかその時とても響くものがあり、家族のあり方や、自分がそこで何が出来るのかを考え始めたのだそう。
 そこで思い出したのが、父親の仕事が建具屋だったことから自分も木っ端でものを作るのが好きだった幼少の頃。「木いじりだったら出来るかもしれない」という答えに、「それなら知り合いの方の能面教室に見学に行きましょう」と絶妙な奥さんの勧め。
 そんな、少し緊張感も漂う夫婦の会話をきっかけに仕事とは全く違う趣味の世界を見つけることになったのだそうだ。「気づけて私はラッキーでした」と外沢さんからは家族への感謝の念が溢れてくる。

外沢照章さん 能面作りというのは、古い歴史の中で能面師が作り上げた能面を忠実に“写す”というのが技の見せどころ。作る面の型紙を手に入れ、精巧に彫り、顔料で顔の表情を描いて仕上げるといういくつもの工程がとても面白いと外沢さんは目を輝かせる。
 能面作家としての目標は、能面の種類の250の中の基本となる92種を仕上げること。今現在は68まで到達したので、さらに先を目指して面を打ち続けていきたいという。
 「私のは趣味です」と謙虚に話されるが、その精巧な“写し”の面からは日本文化が長い歴史を重ねる中で込めてきたであろう“思い”のようなものまでが“写されている”ように感じられ、見ていると様々な想像力が掻き立てられるよう。
 それだけに、子供達に能の世界を体験して貰う場での能面作家の作品が果たす役割も大きく、能楽師による能楽教室が小中学校で行われる際に、外沢さんも数十種類を携えて行き、面を通して能の魅力を伝えることも少なくないのだという。
 地域で何らかの役目を果たすことや子供達に喜ばれるということも外沢さんのエネルギーの元なのだと、嬉しそうな話しぶりから感じさせていただいた。

 この収録の前後に気になっていたニュースが、日本の誇りともいうべき“もの作り”を続けてきた企業で「不正」が行なわれていたというもの。自動車メーカーや鉄鋼メーカーなど歴史ある大会社が、不正検査やデータ改ざんを続けていたという。少し前に「耐震偽装」でやっぱり嘘はダメだと確認したばかりなのに、“もの作り”という気概が問われる現場の中にも“ズル虫”は巣くっているのかとため息が出てしまう。
 今、定年後をどう過ごすかということが世の中の大きなテーマになっているが、より良い定年後を過ごすためには、現役時代にどれだけ正直な仕事をしてきたかということとそれは地続きなのではないかと、ふと思う。
 今は能面作家として小樽でセカンドライフを送る外沢さんは電子機器開発のエンジニアとして会社員生活を全うしたとのことだが、収録後のこぼれ話で、ちょうど札幌オリンピックの最中に自身が開発した道路情報の機器のメンテナンスのために一ヶ月間札幌に滞在し、宿で待機した思い出を話してくれた。今のように携帯電話も無いので宿を10分たりとも離れられず、ほぼ“缶詰状態”。「いやぁ、ただ待機するというのも辛かったです」と笑い、点検要請の連絡が入った時には、真冬のさなか道路の上に設置された機器の補修点検に出動しましたと、まるで北海道放送制作、往年の「東芝日曜劇場」のような体験談を教えてくれた。
 定年後は小樽という場所で能面作りの趣味に没頭できるのが最高ですと言い、現役時代とは全く違う緻密な作業をひとつひとつ重ねる外沢さんだが、今でも時々道内でご自身が関わった仕事のメンテナンスに呼ばれ、昔取った杵柄で補修点検に赴くという。

 “今やっていること”に自信を持って楽しく取り組めるということと、過去にやっていた仕事に正直に取り組んでいたということとは決して無縁ではない。“定年後”という全く違う次元を、全く違う自分が生きるわけではないからだ。
 心豊かな定年後は、現役の頃から始まっている。だからこそ、今という一瞬一瞬が大事なのだと思う。
 外沢さんの電子機器の開発というファーストライフと、能面作家というセカンドライフの取り組みは、全く違うようでいてスタンスが同じなのだと気づき、そんなことを思った。

(インタビュー後記 村井裕子)

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