10月8日放送

 その時代その時代の「時間感覚」というのはどのようにできているのか?・・・ウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」の糸井重里さんが“毎日書くエッセイのようなもの”の中で興味深い表現をされていた。吉本隆明さんが語っていたことなのだそうだが、それによると、「その時代の時間感覚というのは、モノをつくってから消費されるまでの循環の速度で決まっていく」とのこと。「農業の時代だとコメをつくって食べるまでの時間が、その時代の『時間感覚』をつくっていて、工業製品の製造だったら、もっと速い」。そうすると、いまは、「情報を加工したものが商品だとして考えたら、つくったそばから消費されていくという速度」であり、さらに言うと「つくる前から消費されるくらい」なのだと。だから、何をしていても、「ずっと追われてる」という感じがつきまとうのだと結ばれていた。
 10月8日放送の「ほっかいどう元気びと」でのインタビュー収録でいわゆる“スロウなもの作り”の価値を考えたすぐ後に触れた文章だったので、そんな「時間感覚」のイメージがストンと胸に落ちた。

東野早奈絵さん お客様は、札幌市厚別区の「北の紙工房 紙びより」代表で、和紙作家・和紙職人の東野早奈絵さん 44歳。北海道では根付いてこなかった紙漉きの文化を新たな北の文化として定着させようと、道産の植物素材で和紙作りに取り組んでいる。一枚の紙にどんな思いを込めているのか、心の裡にある原動力を伺った。
 東野さんは、大学卒業後に教師として社会人をスタートし、東京の雑貨店店主を経て、“もの作り”への思いに掻き立てられるように紙漉きの本場・福井県越前市へ。和紙職人としての技を習得した後、2012年に故郷札幌で工房を立ち上げ、「蝦夷和紙プロジェクト」などの活動を通して、オヒョウニレやササ、シラカバ、アサといった植物で北海道ならではの和紙を作り、製品化にも力を注いでいる。今年の素材は蕗が主役。かつて、釧路の音別町で作られていたという“富貴紙”を復活させるためにプロジェクトの有志達と蕗を採りに行くところから取り組んでいるのだそう。山へ出掛けて素材を採取するところから始め、手間を掛けて煮出し、漉くという作業に込める意味合いを東野さんはこう語る。
 「今はスピードと情報の世界になり、和紙作りはそういうものとは逆行している。ただ、そういう世界ではいろんなものが流れるけれど、簡単に消えてしまい、過ぎ去ってしまう」
 それに慣れつつストレスを感じながらの生活。だからこその和紙作りなのですと。
 「和紙を作るには時間と労力がかかってやっと一枚が出来るけれど、その一枚に人の手が加わって、あたたかみがあって、それを贈り合うことでその気持ちが伝わることもある。今の暮らしにとってきっとすごく“とっておき”な、今だからこその重要さがあると思う」
東野早奈絵さん そういうものを噛みしめるきっかけにしてほしいという思いを込めた「和紙作り」。スピードの時代に意志を持ってちょっと立ち止まるというやり方、それは“生き方そのもの”ですねと共感の思いを口にすると、東野さんは、さらに、和紙作りから様々なことを教えられているとこう語る。
 「パートナーというか良き先輩。今度はこう作ろう、こんなふうに仕上げようと自分なりに考えて臨むが、全然予想も付かない方向に行ったり、これは失敗という時もある。ただ、それが風合いとして魅力に変わる時もある。紙は柔軟であり寛大。すべてを包み込むパートナーだなと感じています」
 欲しいものが直ぐに手に入る生活は豊かさの象徴だが、もうひとつの視点、あえて時間を掛けて何かを作るとか、面倒なことにトライしてみてちゃんと失敗をするとか、その取り組む時間に何かを教えられるということを取りこぼすのはとても勿体ないことなのだという豊かさが伝わってくる。糸井重里さんの言う、“モノをつくってから消費されるまでの循環の速度”がとてつもなく速くなってしまい、“ずっと何かに追われている”ような今の時代、必要なのは「時間感覚」を時々ゆるめることなのだろう。例えば、東野さんの言うように、手間と時間を掛けて作られた和紙に向き合い、大事な誰かに丁寧に手紙を書くということも、そういうことと繋がっている。“スロウな循環”をあえて意図するということが。

 小川糸さんの『ツバキ文具店』(幻冬舎)という小説がある。反発していた祖母の亡き後、祖母が鎌倉で生業としていた“代書屋”を継ぐことになる孫娘の気づきと成長の物語。
 いろいろな事情を抱えた人達の手紙を代筆する時に彼女が時間を掛けて吟味をするのは、文面は勿論のこと、どんな便箋にするのか、どんな筆記用具が相応しいのか、横書きか縦書きか、それによって封筒は、切手はどれがいいのか・・・という“伝える気持ち”を収れんした素材を選ぶこと。そして、“代書屋”として大切にするのは、「手紙は書く人の分身のようなものだから、その人の優しさや言葉遣い、面影や匂いまで、すべてを届けたい」という気持ち。だから、日にちをたっぷりと掛けて、魂を込めて書く。
 ある日、“園田さん”という男性が、初恋の人“桜さん”に「元気だと伝える“普通の手紙”を書いて欲しい」と文具店を訪れる。依頼に対して彼女は思う。「わざわざこんなこと(代書)をしなくても、今ならインターネットを使えば、連絡を取る方法などいくらでもあるのに」と。だが、こう思い直す。「園田さんは、それをしないのだ。そしてきっと桜さんという人もまた、そういうことを良しとしない女性なのだろう」。さらりとさりげなくそんな表現が綴られていたが、しみじみと共感する。文明の利器はとても有り難く、便利だ。だけど、そこに頼っていいことと、それはしないほうがいいということがきっとある。そういう、さりげないことの中に大切なことが確かにある。手間を掛ける“もの作り”からもたらされるのも、そんな気づきなのではないだろうか。
 百年前より何倍速もものごとは速く進み、沢山のものは、“つくったそばから消費されて”いき、ややもすると、“つくる前から消費される”目まぐるしい世の中にあって、ほんとうに大事なことを取りこぼすのを「良しとしない人」でいたいものだと改めて思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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