8月20日放送

 7月30日のこの後記で、自我との向き合い方にジタバタともがくのが10代20代であり、私自身にもそんな葛藤があったと書いた。まさに仕事をスタートさせた頃は、「私はこの仕事に向いているのか」「私だからこその仕事をするために何が必要なのか」などにとらわれて、番組の担当替えに一喜一憂したり、何らかの変化をネガティブに捉えて自信を無くしたり、逆に変な自信のせいで悔しい思いをしたり。そのくせそんなことを気にする人にはなりたくなくて無理に自我を隠したり。あれやこれやを考え過ぎて熱を出したりを繰り返し何ともバランスの悪い力の入れ方をしていたなぁと思う。そんなことよりまずは技能と技術と人間力を誠実に磨いて経験を重ねるのみ・・・というのは今だから分かること。
 そんな、ブレブレの若き心に影響を与えてくれたのが「老子」の言葉との出会いだった。「硬いものより柔らかいもの」「強いものより、弱いもの」、しなやかで柔軟なもののなかにほんとうの強さがあるのだという表現や、“自分”と思っているもののもっと先に自分を超えたものがあるのだという考え方が水のように浸み渡り、余計な力が抜けて見えない大きな力に「委ねる」という考え方が出来るようになった。
 インタビューで、今まさにそんな渦中の年齢の人達にも多く出会うが、がむしゃらに葛藤しながらも道を切り開いて前に進んでいる人を見ると、そういう「今」そのものを積み重ねることがやがて「正解」と思える道に連れていってくれるに違いないと強く思う。だから、焦って正解・不正解を出そうとしなくても大丈夫だよ、と。

佐藤郁文さん 今回の「ほっかいどう元気びと」は、札幌の中国料理「布袋」代表の佐藤郁文さん 36歳。20年前に父親の勲さんが創業した人気店を2012年に受け継ぎ、14年には「赤レンガテラス」に二号店を、16年には寿司と中華の料理人を両方配した「福禄寿」をオープンさせるなど、新たなチャレンジを続けている。
 札幌市内のホテルやレストランでキャリアを重ねた父親の勲さんがお店を開いたのは50歳の時。気軽に中華を食べて貰いたいと作ったザンギや麻婆麺はその味とボリュームで大人気となり、イベントなどの出店でもその味が愛されて、今や「札幌に行くなら『布袋』のザンギは外せない」と道外のファンをも魅了しているという。その父親がきっぱりと経営を息子に任せ、ご自身は尚も本店の厨房で美味しい中華を地域の人達のために作り続けているとのこと。人気店の二代目は、おそらくここ数年沢山のことを考え、沢山の選択や決定をしてきたに違いない。30代早々に経営者としての責務を担うことになり、どんな思いで飲食の仕事に携わっているのか、その思いを伺った。

佐藤郁文さん スタジオにやって来た二代目の郁文さんは、料理人というよりもビジネスマンといった雰囲気。そして、お話を聞いていると、“プロデューサー”としての能力も伸ばしてこられたということが伝わってくる。父親が完璧に作り上げた店を引き継ぐことになった当初は重責らしきものはそれほど感じてはいなかったそうだが、本当に沢山のことを学べたのは二号店や新たな業態の店をオープンさせることに携わってからという。「布袋」に必ずついて回る“父親の店”という称賛に対して、「自分もこれだけやっているのにやっぱりお父さんの店なのか」という割り切れなさもどこかで感じていたのだそうだが、すべての責任を自分が背負う出店という経験を潜り抜けて、その父親の偉大さに対する思いがいいほうに変わったのだそう。「父親がすごいと言われることを素直に受けとめられるようになった」と。自信を付けることで“自我”のベクトルは変質する。“自分が自分が”の狭い幅だったものが、苦しい成功体験を乗り越えることでその先の奥行きが見えてくる。そして、自分が作った店を次の代に渡し手は貸すが口は出さないという父親の潔さ。自我を悠々と超越したようなそんな背中から何か大きなものを得たのだろうなぁと思う。
 30代で二代目経営者という立場になったそのチャレンジ精神や、まだまだ迷うところもあるという途上ゆえの思い、そんな中で父親から譲り受けた“人を大事にする”という心持ちの大切さなど素直な思いを話していただいたが、収録後に尚も続けた話の中で印象に残ったのが、お店を引き継ぐ立場として「良いぶれ方をしてみたい」という言葉だった。
 「ぶれると言うと良くないイメージですが、ゴールに向かって進む時に狭い幅を真っ直ぐに向かっていくよりも、少し幅を持たせてアウトラインギリギリまで両方にぶれながら正解を探していく方法で今はやってみたいんです」と。それが、『赤レンガテラス』のフードコートであり、中華と寿司を組み合わせた新業態の店という斬新な発想であり、「正解かどうかわからないことも沢山あって考え過ぎることもありますが、広く取った幅の中でのぶれは、面白さに繋がってくると思います」と、飲食という分野でのプロデュースの可能性をとても楽しそうに話してくれた。

 前述の「老子」の真髄は、“柔軟であること”だ。私の本棚のいつでも取り出せるところに『タオ -ヒア・ナウ-』という1冊がある。「老子道徳経」の英訳を加島祥造さんが訳したもの。詩集のように易しく深い言葉がじわじわと浸みてくるので、心が硬くなりそうになるとその都度頁を開いてきた。
 今、琴線に触れるのはこんな言葉。
 「だから、本当に賢い人というのは、あまり手軽に判断しない。
  こうと決めたって、ことは千変万化して、
  絶え間なく動いていくからだ。
  このタオ(道)のほんとうのリアリティを受け入れる時、
  君は何かを造っても、自分の腕を誇らなくなる。
  よく働いて成功しても、その成果を自分のものにしなくなる。
  仕事をし終わったら、忘れてしまう。するとかえって、
  その人のしたことは他の人々に深く浸みこむのだ。・・・」
           ※『タオ -ヒア・ナウ-』(PARCO出版)より

(インタビュー後記 村井裕子)

HBC TOPRadio TOP▲UP