8月13日放送

三上右近さん 8月13日の「ほっかいどう元気びと」は、第二次世界大戦中に殺処分された動物園の熊の親子と飼育員の実話をもとにした絵本『ぼく生きたかったよ・・・~くまのおやこ ニコーとリコー~』(かりん舎)の原案者 三上右近さん(52歳)。ちょうど一年前のこの番組でその本の絵と文を手掛けた札幌の画家 鈴木麻衣子さんにお話を伺い、次回は是非、原案者であり戦時中の動物園猛獣殺処分について個人で調査してきた三上さんに来ていただこうと、去年から温めていた人選だった。
 三上右近さんは札幌在住の会社員。趣味として博物館や美術館、文学館などミュージアム回りをするのが好きで、各館を訪ねて集めた記念スタンプを展示する企画展なども行い、いつの間にか、その知識の豊富さで「ドクターコン」という愛称で呼ばれるほどになっているという。
 戦争中の動物園での猛獣殺処分を調べ始めたのは、ある博物館でそれらに関する資料を見つけたことから。それまで、土家由岐雄さん作の童話『かわいそうなぞう』などで象が殺された事実は見聞きしていたが、象だけではなく、ライオンや熊など、いわゆる空襲などで動物園から逃げ出すと危険とされた“猛獣”が軍や自治体の命令で処分された例も少なくないと知ったことがきっかけだったという。全国の動物園を調べ始めたところ、本格的にそのテーマを調査したり発表したりしている人はほとんどなく、当事者の飼育員が言葉で詳しく残している資料などもなかなか見つからなかったそうだ。
 「その事実があまりにもかわいそうで、辛くて、思い出したくない、話したくないということなのかもしれません」と三上さん。調べれば調べるほど、それらの猛獣への殺処分の仕方がむごく胸の痛いことばかりだったそうたが、誰かが伝えなければと思いながらこの10年ほど調べを進め、戦後70年(2015年)の終戦記念日に合わせてひとつの形にしたのが前述の『ぼく生きたかったよ…』だったという。
 出版の時点では、動物園が戦後に出来た道内ではそのような例はゼロとされていたが、絵本の広まりと共に「函館公園内にあった小規模の動物園でも同じように戦時下で猛獣処分が行われ、ライオンが犠牲になったようだ」という情報が寄せられ、公に発表することで取り組みが繋がる手応えも感じたという。そんなきっかけで今年の8月には函館で講演会が行われたり、本州で『ぼく生きたかったよ・・・』にちなんだ催しが企画されたりという反響がとても有り難いと言い、今後、戦時猛獣処分が行われた都市で毎年どこか一ヶ所でもいいので講演会をして伝えていけたらと思っているとのこと。
 「なんといっても、“Zoo is the peace(動物園は平和そのもの)”ですから」と、上野動物園の初代園長 古賀忠道さんが語ったという言葉を引用しながら、けっして気負わない、柔らかな人柄のにじみ出る口調で話してくれた。

三上右近さん 収録後に、「その原動力はどこから?」と、小さい頃に何を感じていたのかを知りたくてさらに質問すると、「ああ、それは、子供の頃に父親から聞いた戦争体験から繋がっているのかもしれない」と、その当時、父親の話を通じて感じた戦争というものへの子供ながらの“違和感”のような思いをこう語ってくれた。
 「戦争中、満州で衛生兵をしていた父から聞いたのは、“上官から常に殴られていた”ということ。“殴られに戦争に行っていたようなもんだった”という言葉が子供ながらすごく引っかかって・・・いったい、軍隊って、戦争ってなんなのだろうと思いました」

 第二次世界大戦については沢山の調査・研究のテーマがあり、それらはあの悲劇を二度と繰り返さないための検証だ。多分野にわたっての分析と検証の中で、こと“動物の犠牲”に関してはそれほど多くの研究者がいるわけではないのだそうだが、三上さんの携わる「動物園での猛獣殺処分」、そして、「戦時下で各家の飼い犬が供出された事実」「戦争に駆り出された軍馬のその後」などを調べている人達とは横の繋がりが出来、「風化させないようにお互いに続けていきましょう」と情報の交換なども地道に行われているのだという。
 それらの思いは、「ひとたび戦争が起こると、日常が日常ではなくなる。当たり前の幸せが壊れる。人が引き起こした戦争で人は勿論、生きものもすべてが犠牲になる」ということだ。動物の悲劇の事実が何かとても大切なことに根本で繋がっていることに改めて気づかされる。
 そして、思うのだ。・・・そんなことするために世話をしていたわけではないのに自分の手で殺さなければならなかった飼育員さんの心を。ひもじい思いをしたうえに命を絶たれた生きものの心を。さらには、旧満州で来る日も来る日も上官に殴られていた若き衛生兵の心を。ひたすら殴り続けなくてはならなかった軍人の心を。そんな一日が終わる時にそれぞれが思い描いた明日はどんなだっただろうか、と。
 人が、人の心で生きることが出来なくなるのが戦争であり、その最も大事なものを喪っているのすら思い出せなくなってしまうのが、戦争だ。
 そんなことを戦後72年のこの夏もしっかりと噛みしめていたいと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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