8月6日放送

 世の中には日々沢山の言葉が発信されている。その中には耳を塞ぎたくなる、目を覆いたくなるような言葉も悲しいかな少なくないが、玉石混淆、この言葉に出会えてよかったと胸が震えたり、人生の大きな指針になったりという得難い発掘もある。個人的感覚だが、そういった言葉や表現の“玉”を逃さずキャッチすることと幸福度は比例するような気がして、日々宝物探しをするように空中に漂う言葉や文章にアンテナを立てている。
 そんな中でああそうなんだと腑に落ちてメモしておいたのが、詩人・谷川俊太郎さんについて書かれた糸井重里さんの表現。ネットの「ほぼ日刊イトイ新聞」内の「毎日書くエッセイのようなもの」で糸井さんはこう表している。谷川さんと話していて、“実際に使うことばと、こころに浮かんだことばのズレの少なさみたいなこと”に感心したと。「ほんとうに気持ちがいいのは、思っていることと、発することばが、ぴたっと合っているときです」とし、それには表現の技術も必要だけれど、「なによりじぶんの思っていることを、まるごとつかまえて逃さないことが大事です」。つまりは「ていねいに、うそをつかないようにする」ということだと。谷川さんからは、“いつもそれができてる感じが伝わってくる”そうで、「じょうずであることよりも、うそをつかないことの方が、ずうっとすばらしいことなんだ」という気づきが綴られていた。谷川俊太郎さんの詩が心の中で大きく膨らんで優しく寄り添うような気がするのは、「思っていること」と「発する言葉」を繋げることにとことん誠実だからだったんだと心の底にストンと落ちた。

古川奈央さん そんな谷川俊太郎さんの言葉の世界に惹かれ、私設記念館ともいうべき場『俊カフェ』を札幌にオープンさせた人がいる。どんな世界観を北海道で伝えようと思っているのかをお聴きしたくゲストにお呼びした。8月最初の「ほっかいどう元気びと」は、『俊カフェ』代表のフリーライター 古川奈央さん 48歳。その“思いの引き出し”にはきっと谷川さんの詩の世界を深く広く泳いで拾い集めてきた言葉や感覚が溢れるほど仕舞われているだろう。ひとつたりとも聴き逃さないようにと高揚する気持ちでお話を進めていった。

 古川さんは、明確にこれをしようと計画を立てて『俊カフェ』をオープンさせたのではなく、“面白い流れに導かれるようにかたちになっていった”と、40代後半の今叶えられたこの場のことをそう表現する。在学した北海道札幌開成高校で谷川俊太郎さん作詞の校歌を歌い、20代になって改めて詩集に感動、たまたま取材で谷川さんの息子さんが率いる音楽グループに出会うなど、期せずして谷川さんとのご縁が繋がっていく中、高校の50周年記念の催しの際にご本人に出会え、そこからさらにいろいろな人が間に入ってくれることで谷川さん公認の“私設記念館”のような場が叶えられていったのだという。そういった繋がりをひとつの場に結実した古川さんも感激だったと思うが、創作者としてそんなふうに受けとめられている谷川さんの立場を思う時、なんて幸せなんだろうと想像する。
 古川さんが谷川さんの言葉に対する姿勢で最も惹かれているのは、「言葉を常に疑っている」ということだという。「日常の中に溢れる“詩情=ポエジー”をより明確に言葉にして文章にするのが詩人の仕事である」と谷川さんは言うそうで、その詩情がほんとうに正確に伝わるように言葉に出来ているのかということを谷川さんは常に考えていているのだそうだ。「100%の詩情を表せる言葉というのはない。だから、言葉を信じていない」と言い切ってこの仕事に取り組む谷川さんはすごいと古川さん。ご自身の「書く」という仕事でも、誠実に“思いと言葉”に向き合うという真髄を大事にしてきたのだということがインタビューからも伝わって来て、やはり、誰か「私はこの人」という人に出会い、選び、その信条をも共有出来るところまで深めるということは、人が生まれてきて得られる最高の幸せのひとつなのではと感じた。

古川奈央さん 古川さんは、「私は俊太郎さんの作品の“研究者”ではなく、ひとりの人物としての俊太郎さんの魅力を沢山知っている“ファン”なんです」と、収録後も詩人・谷川俊太郎の“人としての素敵さ”を沢山語ってくれたのだが、私自身、谷川さんの時空を超えた“宇宙観”と日常との隣り合わせの感じがなんとも好きだなぁと感じていたその感覚が古川さんの感覚と共振する瞬間が沢山あり、感動した詩を語り合うのはほんとうに心地よいことなのだと、改めて感じさせていただいた。
 そして、話の流れで古川さんが、『魂のいちばんおいしいところ』というこれまでに感動した中のひとつだという詩を紹介してくれる。この詩の「あなたは自分でも気づかずにあなたの魂のいちばんおいしいところを私にくれた」というフレーズがいいのだと語り、次の瞬間、言葉を噛み締めながら、「あ・・・これこそが私が俊太郎さんから受け取ったもの!こうやって話していて気がつきました」と嬉しそうに自分の言葉に頷かれ、続きは『俊カフェ』で!と名残惜しそうに帰っていかれた。

 誰かから「魂のいちばんおいしいところ」を受け取った人は、必ず、自分の中で大切に育んだ「魂のいちばんおいしいところ」を他の誰かに受け渡すはず。自分でも気づかずに。そうやって太古の昔から「魂のいちばんおいしいところ」は循環しているのだろう。古川さんが手がけた『俊カフェ』はそういう空間なのかもしれないなぁと思う。
 こうやって後記を綴っている私自身も、書きながら気がついた。私が目指して行きたい遙かなる境地はそこだったんだ、と。
 谷川俊太郎さんの思いがまるごと込められた言葉を古川さんの“フィルター”を通して教えていただけて、改めて、往くべき道筋を照らしていただいたような気がした。

(インタビュー後記 村井裕子)

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