6月25日放送

残間正之さん 6月25日放送の「ほっかいどう元気びと」は、およそ40年にわたって70ヶ国を旅してきたフォトジャーナリストの残間正之さん 64歳。「辺境カメラマン」として、皆が皆見ることが出来ない場所に足を踏み入れ、誰しもがほとんど経験出来ない辺境の地での暮らしを体感して写真を撮り続けて来たという。思うところがあって50代後半に38年間の東京暮らしに終止符を打ち、故郷の北海道で独自の活動を展開して今年が8年目。人生の後半に、何を思い、何を感じ、次なる人達に何を伝えていきたいのか、その思いを伺った。

 瀬棚町出身の残間さんは、自然の恵みに育まれながら成長し、大方がそうであるように東京に憧れの目を向けて、大学進学と共に上京。卒業後は在京のテレビ局にも入社するが、フリーのジャーナリストを目指して1年で辞職。得意のフライフィッシングなども生かしながら秘境の地へカメラを携えて旅から旅へ。旅雑誌や自然雑誌などに写真や文章を発表したり、テレビ番組の取材に携わったりするなかで辺境を得意分野に道を切り開いていったのだそう。
 なぜ、その分野のほうに惹かれていったのかを伺うと、「世界にはいろんな人達が暮らしている。地球は共同体だと思っているので、いろんな人に会ってみたかった、見てみたかったんです」と大きなスケールながらシンプルな答え。「それぞれの場所の人達はなぜそこに暮らすのだろう?」という疑問を解消したくて次々と旅歩いたのだという。本で知るだけの“疑似体験”ではなく、五感で感じてみたい、そうしないと体験とは言えないとも思ったのだそうだ。年齢を再確認するといわゆる“団塊の世代”の直ぐ後の年代。小田実の「なんでも見てやろう」に触発された世代のほとばしるような思いが伝わってくる。
 その体験の積み重ねで最も感じたことは何かと問うと、「無い物ねだりをしないということ(辺境の地ではそもそもねだっても欲しているそのモノが無い!)」。そして、「自分の価値観など、なんの価値もないのだということ(価値観にはそれほど価値が無い!)」。現地に行って初めてそんなことを思い知ったという。世界は多様なもので溢れている。中途半端な価値観なら無い方がいい。素直に委ねることで、逆に受け入れてくれるという“自分の解き放ち方”だ。と言っても、価値観を全て捨て去るというのではなく、信念はしっかりと持ちながらも委ねるのですと続ける。その“頑固になっていい信念”というのは、「自分がどうこう、日本人がどうこうではなく、人はどうあるべきか、地球はどうなんだろう、その中の人類はどうなればいいのか、そう考えられること」。「そこはしっかり持ちながら素直に身を委ねると、人種も民族も超えてすべてが同じ人類になれるはず」・・・などなど、経験から導き出された“生きる哲学”からの言葉がひとつふたつと繋がっていき、瞬く間に心地よい時間が流れていった。

残間正之さん そんな残間さんが、50代の半ばに突如心臓の病で手術をすることになる。今まで自分は不死身で、自分で何でも出来ると思って世界中を旅していたのだそうだが、病を得てそうではないのだと気づき、手術を機に「今まで体験したことを伝えないわけにはいかないでしょ?」と自問自答。「今やれることは全部やろう」と思いを決め、それなら故郷の人達にせめて恩返しをしようと北海道に居を移したのだという。
 そうして、現在は、ご自身のフェイスブックの自己紹介文の「辺境地の旅とフライフィッシング、そして雑種犬モボ君を愛する中年オヤジ」を地で行くような北海道での日々。それは、経済を軸にする生活ではなく、人の繋がりが大切な中心軸。その緩やかなネットワークこそが残間さんの何よりの財産なのだということも柔らかく伝わってくるのだった。
 そして、その繋がりの中で最も考えているのはやはり“次の世代の人達”、これからを生きる子供達のことだという。これは、収録後にさらに聞かせていただいたことだが、大事にしている活動のひとつには、全校生徒15人以下の学校に出掛けていき世界の話をすることだという。子供達には地球儀を前にして貰い、訪れた辺境の地の話をしながら撮りためたスライドでイメージを膨らませて貰うのだという。「なぜ、そこではそういう暮らしなのだろう?」「なぜそういうところで生きているのだろう?」など沢山の“なぜ?”に向き合って欲しいと力を込める。なぜならば、その“なぜ?”という問いかけは、ものの考え方を養う最大のきっかけだからと。
 「小さな疑問は、ジャーナリストの第一歩。あらゆることに“なぜ?”の疑問を持つことで自分の内側にも“なぜだろう?”と問いかける癖が付く。そうして自分の道を自分で切り開く力を付けて貰いたいのです」と、ご自身の取り組みの根っこにある信念をさらに熱く話されていた。

 若さの中で一生懸命積み重ねたものや苦心して身に付けた経験を、今度は次の世代のために使っていく。それは、人生後半を生きる最大のヒントに違いない。それもただ使命感に縛られ頑張りすぎるのではなく、あくまでも楽しく、面白くが何よりだ。そういう心持ちになることで、与えるだけではなく共に新たなものを引き出し合えるようになる。
 そんな“生きる哲学”が、私自身も含めこれからの高齢化社会を生きる中高年世代のひとつの道標になるのかもしれない。そのためには、やはり、残間さんの言葉のように、「自分がどうこう、日本人がどうこうではなく、人はどうあるべきか、地球はどうなんだろう、その中の人類はどうなればいいのかという信念の頑固さを保つこと。その上で素直に身を委ねること」が大事な鍵になるだろう。そうやって、自分を解き放つことで辿り着ける境地はきっとある。
  年を重ねるということは、まだ足を踏み入れていない自己の未開の地に果敢に踏み入っていくこと。ひとり残らず、“前人未踏”の道を往く。その先に楽園が続くかどうかは、自分の思い次第なのだと改めて思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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