6月18日放送

 もうふた昔以上も前になるが、放送局の社員だった頃、組合の支部委員という経験も持ち回りでさせて貰った時期がある。会社VS労働者というのはこういうスタンスで“対決”するのか・・・など、若かった私は全くの見習いの立場で社会の一端を勉強させていただいたが、交渉の度に必ずと言っていいほど会社側から出てくる言葉があった。それは、「先行き不透明」というキーワード。曰く、「先行き不透明なのでベースアップの要求には応えられない」・・・云々。どの企業でも同様だと思うが、面白いのは、情勢の悪い時は勿論、比較的いい時でもその言葉は使われ、妙に説得力を持つということ。途端にそこから先の戦術が阻まれてしまう。結局、毎度毎度出てくるものだから、「いつになったら“先行き透明”になるんだ~」というぼやきも呟かれたものである。
 時代をよくよく紐解いてみると、確かにどんな時代でも「先行き不透明」だ。悲しいかな、過ぎ去った幾つもの時代より今の方が世界はもっと「先行き不透明」の度が増している。「先行き透明」という言葉自体が無いように、先行きは結局いつも五里霧中なもの。だから不安だし、備えも必要だし、何かを溜め込んでおきたくなる。
 そんな先の見えないあらゆる時代にわずかな灯りで道を照らしてくれるのが音楽とか芸術、文化、文学といった類いのものだろう。特に、音楽はいつも身近にいてくれるし、自分の唇からも言葉とメロディーを発することが出来る、人にとって未来永劫無くなることのないかけがえのない支えだ。今回「ほっかいどう元気びと」に音楽とともに時代を生きて来た人をお迎えしてそんなことをふと思った。

浅井のぶさん お客様は、音楽のDNAに恵まれた北海道でオリジナルを歌い続け、かつ、ミュージシャン仲間達の絆を緩やかに繋いできたシンガーソングライターの浅井のぶさん 57歳。時代の流れの中、北海道をホームグラウンドに、どういう思いを抱いて表現活動を続けてきたのか、その原動力を伺った。
 浅井さんが大事に関わってきたのが、毎年雪まつりの時期にあわせて札幌の時計台で開催する道内のミュージシャン達の歌の祭典「EZO音楽祭」。発祥は35年前というその催しの現在の運営の母体となっているのが2011年に設立された「EZON(エゾン)」。ここ数年は、東日本大震災支援や去年の台風被害の十勝の復興支援のためにライブでの募金も行うなど、社会貢献の思いも深く込めているという。浅井さん自身、地元のミュージシャンの横の連携や繋がりが薄いと思っていた時期もあったのだそうだが、催しを継続させていると、先輩達が「EZO音楽祭に出させてくれ」と申し出てくれたり、若い人達が楽しみにしてくれたりして、北海道のミュージシャン達の絆もなかなかいいものだと感じているという。

 北見で生まれ育った浅井さんがギターを手にしたのが小学4年生の頃。友達のお兄さんに教えて貰い弾いてみたら苦もなくコードも押さえられるようになって、どんどん音楽に惹かれていったのだそう。その頃の音楽少女少年達はヒットソングをコピーして弾いたり歌ったりしていたが、浅井さんは中学校に入ってすぐに自分で曲を作り、「言葉をメロディーにのせて歌う」心地よさに目覚めていく。その年齢の“モヤモヤ”したものを歌ってみたらスッキリ腑に落ちたのだそうだ。
 その後、ソロとバンド活動を平行しながら札幌の大学に進学し、在学中にライブハウスを経営しながらシンガーソングライターの道へ。主にライブ活動を精力的に続け、これまでにアルバムCDを8枚リリースしているが、23歳から20数年間はサラリーマンとしての生活も選択。それは、社会のことや社会人のことも知らなければ自分が届けたい音楽を作れないのではと思ったとのこと。勿論、周りの人達のためにきちんとした生活をした上で音楽も続けたいという思いも強かったのだそうだ。会社員は20年と決めて、40代で再び音楽を第一にする選択をし、それ以降の活動は年間50カ所以上のライブ活動を中心に、「自分が出来ることは何だろう?」をより深めてきたという。先輩達がやって来た音楽を尊敬し、若い人達のやっている音楽を尊重し、北海道に元々ある“音を楽しむ”風土をさらに豊かにしたいという思いを持ち続けてきたのだと感じられた。
 そんな浅井さんがオリジナルを作ることで叶えたいのは、「聴いた人の魂が震えるほどの音楽」。収録後にさらに訊いてみる。「浅井さんにとって、表現者とは何ですか?」
 浅井さんはこう答える。「人の生き方に関与出来ること。道標を与えることかと思う」と。

浅井のぶさん 時代の空気が今どうなっているのか、風はどこから吹いているのか、澱んでいるものは何か、そこから掬いとれるものは何か・・・あらゆる感覚を研ぎ澄まして“表現者”は作品を世に送り出す。浅井さんは、その表現は表現者の数だけあっていい、平和のメッセージもあれば愛のメッセージもある。極端な話、そんなふうにはなりたくないという“悪い見本”の表現でもいいという。それらすべてを引っくるめて“ひとつの表現”だから、と。
 益々「先行き不透明」の度が増していく時代、音楽や文学の表現がよりいっそう意味あるものになっていくのではないかと思う。右往左往している時代に、「たいせつなことは何か」を感じさせ、生きる力をそれぞれが育んでいけるような・・・そんな気骨ある発信。勿論、作り手の時代への感度が求められるだろうし、それを受けとる側の感度も試されるのではと感じている。
 そんなふうに書いていて、浅井のぶさんのアルバム『風のリリシズム』の中の言葉に耳が止まった。私が伝えたかった思いとぴったりシンクロする言葉がアンサーソングのように応えてくれたからだ。

 「風と海 空と雲 時代は変わっても そこに居てくれる幸せを感じながら
 すべての物が永遠に 透き通ることを信じて」 
 ※浅井のぶ作詞作曲「風と海のララバイ」

 ・・・時代の不透明さの中にあっても、永遠に透き通るものは確かにあると信じること。そんな気持ちの透明さが明日を照らすのだなぁと、胸の奥にストンと落ちた。

(インタビュー後記 村井裕子)

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