6月11日放送

 コーチングを学んで素敵な考え方だなと感じたのは、「人の中には必ず思いがある。そして、必ずひとりひとりの中には何らかの力があると信じる」ということだ。だから、「相手の話をちゃんと聴く、言葉にならない思いまで理解しようと聴く」「目の前の人が自分で話しているうちに自分の力に気づけるような問いかけを心掛ける」ことが大事。イメージとしては、牽引車ではなく伴走者。あくまでも自分の力で前に進んで貰う“寄り添う”役割。
 人をコーチをするということは、まずは自分自身をコーチするということであり、自分がどうあればいいのかを踏まえることに他ならない。そんな気づきから導き出せたことはごくごく当たり前のことだ。例えば、「いつも上機嫌を心掛ける(自分からプラスのエネルギーを発する)」、「人には真摯な気持ちで向き合う(心からの誠意には人は誠意で応えてくれる)」、「年上であろうが年下であろうがひとりの人間として尊重する(我以外皆我が師。子供からも教わることがある)」、そして、「人が一生懸命何かに取り組んでいたらそれを認める言葉掛けをする(自分もそうされたら元気になる)」・・・そんなささやかなことだ。
 歳を重ねるのは結構ワクワクすることだと思えるのは、そんなふうな小さな気づきは無限にありまだまだ目指す理想を描くことが出来る、その可能性を感じられるからだ。「自分がどうあるかを考え続けることで、周りもより良く変化していく」・・・今回の「ほっかいどう元気びと」でインタビューし終わって、そんな言葉を噛みしめている。

戸塚博之さん 6月2回目のお客様は、札幌の学習塾「プラス学習舎」代表の戸塚博之さん 43歳。北海道大学教育学部を卒業後、通信制の私立高校「星槎国際高校」に6年勤務した戸塚さんは、不登校の経験や発達障がいを持ちながら高校の勉強をしたいと通う生徒達に向き合ったことで“いろいろな状態の子供を支える場を作らねば”という思いを深くし、2006年にひとりひとりのペースを大事にする学習塾「プラス学習舎」を設立。学ぶ意欲を引き出す仕組み作りとして、カードゲームや学習教材の開発販売にも力を入れてきたという。学校とは違う塾という関わりで、どんなふうに人の力を引き出そうとしてきたのか、その思いを伺った。
 戸塚さん開発の“ゲーム”の良さは、いわゆる昔のトランプのように手を使い、頭を使い、人と向き合って遊べること。2010年に最初に発売した数遊びゲーム「valo(バロ)」は、出されたカードの数字よりも大きいものを出すという単純なものだが、プラスとマイナスの計算が知らず知らずに身に付くというのが特徴。カードには計算が瞬時に出来る戸塚さんオリジナルの工夫が施されている。新しいものでは、ロジック計算パズル形式の「ロジ算」。縦横斜めのマスに数字を入れて足算・かけ算を完成させるというもの。「子供の算数のセンスを磨くのは勿論、高年齢の脳トレーニングにもいいですね」と感想を伝えると、「ロジサンですから、オジサンも遊べます」とまさかの駄洒落。他にも英単語を学べるカルタやゲームなど合わせて20種類。すべて、戸塚さん考案の自信作で、「プラス学習舎」でも楽しく遊んで貰っているのだそう。
 大事なことは、「遊びを通して自然と学ぶ力を付けること」。不登校の子供や発達障がいの子供に何かをさせようとすることよりも、その子の中で「考える」ことを止めたままにしないということ。興味のあるところから何かを考え始めることで自ずと頭は次のことを考えるもの。その力を自分自身で循環させていくためのきっかけ作りが欠かせないのだという。スイッチを周りが無理矢理押すのではなく、「自分で知らず知らずに押していた・・・」という感覚なのだろう(こういう時に北海道の方言「押ささる」は便利だなぁと思う。「いつのまにか“やる気スイッチ”が押ささってた」がしっくりくる)。そうやって、勉強が好きになり大学進学や就職を果たした熟生も多く、それが戸塚さんにとっての励みにもなるという。

戸塚博之さん 学校の中では力を発揮出来ない子供達や皆のペースに合わせられない子供達のサポートというのは大変なことも多いに違いない。どんな“ノウハウ”があるのかと思いきや、戸塚さんはあくまでも自然体でこう言う。「私自身が動じない。淡々としていることです」と。大人がぶれずにいることで、子供達にも安心感が生まれ、その場にいる年長の子供達の小さな子に対する姿勢がまず変わってくるのだそうだ。騒ぐ子供やじっとしていられない子供に対して「動じず」に、さりげなく面倒を見るという姿勢に。
 そして、戸塚さんは優しい口調で続ける。
 「場の空気を誰かがプラスのエネルギーに代えていくということが大事。そのために必要なのが笑顔でいること」
 周りの子供達をどうしようというより、「自分がどうあるか」がまず先なのだという“塾長”としての姿勢が柔らかく伝わってきたのだった。

 毎年道内各地で行っている「朗読・宮沢賢治の世界」、6月初めには北オホーツクの浜頓別町に出向き、宮沢賢治が未来へ伝えたかった思いを町の人達と共有して来たが、「ほんとうのさいわいとはなにか」というテーマで最後に必ず読むのが「虔十公園林」という物語だ。
 いつでもはあはあ笑っていて、皆から“すこしたりない”と思われていた虔十が突き動かされるように真っ直ぐに植えた杉の木の林が、時代を越えて未来の人達の心を潤す森になっていったというお話。
 宮沢賢治は、その中の登場人物にこんな言葉を言わせている。
 「ああ、まったくたれがかしこく、たれがかしこくないかはわからない。ただどこまでも十力の作用はふしぎです」
 “十力”とは「ほとけのそなえる十種の力。神通力」という意味だそうだが、人がうわべで簡単に判断する“賢い、賢くない”では測れないとてつもない可能性がひとりひとりには備わっていて、何らかのきっかけでそんな“まことの力”は大きくはたらくのだ・・・と、私は解釈している。大事なのは、人に対しては勿論のこと、自分の中にもそんな可能性が備わっているということを信じることなのではないだろうか。
 学校とはまた違った関わりの戸塚さんの人の支え方に触れて、改めてそんなことを感じた。

(インタビュー後記 村井裕子)

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