5月21日放送

馬場洋二さん そろそろ北海道も園芸シーズン、庭々が色とりどりの花で飾られる季節。「ほっかいどう元気びと」は、札幌にある「学校法人 八紘学園北海道農業専門学校」農場部花き科主任の馬場洋二さん(49歳)をお迎えした。八紘学園と言えば、一般の人達にも7月の花菖蒲園が公開される他、農産物の直売や花の苗などの展示販売も毎年大人気。将来、農業分野で働く若者達が酪農や園芸などを2年制で学ぶこの学園で馬場さんは花き科の指導を担当。花を育てることを通して若い人達にどう成長してほしいと願っているのか、その原動力を伺った。

 全寮制の学生達の朝は早く、作業は朝5時から。勿論、先生達も一緒に早朝から夕方5時位まで草花の世話に汗を流す日々。作業を終えてスタジオにやってきた“馬場先生”は、「毎日太陽とともに仕事をしてます」という働きぶりが日焼けした笑顔から伝わってくる。
 二十歳前の若者達は早起きや土の作業に眠いとか辛いとかはないのだろうか。その辺りを早速訊いてみると、「眠い辛いはあるかもしれないし、なんで今この作業なのかと思いながら身体を動かしている時もあるかもしれませんが」と笑いながら、でも、日々手を掛け続けるということに意味があり、それが後々どの分野に進んでも必ず生きてくると思うと、“植物を育てる仕事の意義”について楽しそうに語る。
 馬場さんご自身は大阪の出身で、広い大地で仕事をすることに憧れて高校卒業後に八紘学園に入学。その時点では畑作に取り組むイメージで卒業後にブラジルのコーヒー豆の農場で研修も積んだのだそうだが、帰国後、農業法人で仕事をするうちに野菜よりも花の栽培のほうが未知の事が多いことを知り、オリジナルな分野に取り組めるところに魅力を感じたのだそうだ。そうして、教員として母校に戻り、新品種の栽培などを通して学生達と向き合う日々を送っている。

馬場洋二さん 草花を育てることを通して若者を育む中で心を砕いてきたことは、学園の外へ外へと教育活動を拡げてきたということ。札幌や石狩に適した植物を選び、植え付け、学生達が育て、それを地域の人達に買って貰い、喜んで貰う。種苗会社とも協力して新品種を増やす取り組みをする中で、学生達が外の人から励まされたり期待されたりという触れ合いが、学園内だけでは気づかなかった自分の能力にも気づくきっかけにもなるのだという。「君、話し下手って言っているけど、お客さんに話しかけるの、上手いね」とか「営業向いていると思うよ」という言葉を掛けて貰えることで一皮むけたように自信が付くのだと馬場さん。それも、日々植物と丁寧に向き合って来たことで付いた力や、的確な作業が出来ることに対して外部の人達からの評価で気づかせて貰えることが沢山あるのだそうだ。
 馬場さんが何より大事にしているのは「経験」を積み重ねること。朝から夕方までの作業を続ける中で、植物は日々成長し、気候もその都度変わる。そんな中、「体験」だけではない「経験」を積み重ねることでほんの些細な変化にも気づくようになる。小さな事に気づくことが出来れば、その次の対処が出来るようになる。そうやって世話をする自分がその時その時出来ることを続けていくことで植物の「表情」を見分けられるようになるのだと言う。

 「農業全般に言えるのは、“気づき”を重ねていくことなんです」
 これは、収録後に語ってくれたことだ。失敗の中からの気づき、チャレンジを重ねる中での気づき。それが農業の経験が教えてくれることだと。
 「でも、人は気づこうとしないと気づかないんです」
 だから、その気づきを自分のものとして経験させていくのが学校の役割であり教員の出来ることなのだと、ご自身の経験則を紐解くように話してくれた。

 梨木香歩さんが書く本の中に『家守綺譚』という幻想的な物語がある。百年前との設定で小鬼や河童や亡き友などの登場とともに沢山の木々や草花も出てくるが、“主人公に懸想をするサルスベリ”が不思議な魅力を放っている。物書きの主人公が文章に躓いて考えあぐねる度に庭のサルスベリを撫でてやっていたら、恋い慕われるようになったという。木に、人が。そこで、根元に座って本を読んでやるとサルスベリは次第に本にのめり込むようになる。
 「好きな作家の本の時は葉っぱの傾斜度が違うようだ。ちなみに、私の作品を読み聞かせたら、幹全体を震わせるようにして喜ぶ。」
 思わず「かわいいと思う」と愛おしさをにじませる主人公。しかも、未だ書くものが売れない彼に対して「腐らずに細々とでも続けるように、と云ってくれる」健気なサルスベリ。
 植物好きの人にとっては堪らない描写ではないだろうか。私も「わかるなぁ、この感じ」と目を細めてしまう。我が家のリビングにはもう30年以上も共に暮らしているゴムの木やパキラが居る(ある、ではなく、やはり居る感覚)。長いつきあいの中で木のご機嫌が何となくわかるようになり、どうも人の居ないところより人がワサワサと近くに居るところのほうが好きなのかもと思い、試しに、挿し木したばかりの20センチほどのゴムの木を私がいつも座るパソコンの横に置いてみたら、まさに“ふるふると喜ぶ” 感じ。葉っぱの艶が増してぐんぐん成長した。数年前、大きな鉢に植え替えた時の土が悪かったようで、可哀想なことに葉っぱがみるみる萎れ、悪臭を放ち、瀕死の状態に陥るというアクシデントがあったのだが、掘り返して腐った根を丁寧に取り去る“大手術”を行い、日々撫でながら“手厚い看護”を続けたところ、蒼白だった顔が次第に血色を取り戻し、生き返ったことがある。それからは“ゴムの木の恩返し”とばかりに新芽をどんどん増やし、人の背丈を超え、「幹全体を震わせるようにして」エネルギーを送ってくれている。
  馬場さんへのインタビュー後、雑談の中でそんなエピソードをお伝えし、「植物もやはり、人の思いを感じたり、応えたりするのでしょうか?」と日頃感じていた興味を訊いてみると、爽やかに笑いながらこう答えてくれた。
 「人の思いを植物が感じるということよりも、きっと、世話をする人がその木のことを日々良く見ていて、ちょっとした変化に気づいて、腐った根を綺麗にしてあげたことで回復出来たのだと思います」
 植物に心があるかどうかは文学の分野に任せるとして、やはり、何かを「返してくれる」という現象のためには、「思いを込める」ことは欠かせず、それによっていつも見ることに繋がり、違いに気づき、早く手を打つことが出来るという経験則の大切さなのだろうなと改めて思う。きっと、それは、花、道具、生きもの、人、暮らし・・・いろいろなものと「丁寧に向き合う」ことで嬉しいシンクロも起こるということなのかもしれない。
 すべての基本はそんな「丁寧な毎日」の積み重ねから。土を耕し、種を植え、お天道様のご機嫌を察して打てる手を考えて行動するということの大切さを若い人達にも感じて貰いたい。その積み重ねがひいては自分の中の力を引き出すことにも繋がるということを伝えたい。・・・それが馬場さんご自身の“根っこ”を深くすることにも繋がっているのだろうなと感じられたインタビューだった。

(インタビュー後記 村井裕子)

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