5月14日放送

立川佳吾さん 5月14日の「ほっかいどう元気びと」は、舞台創造グループ「トランク機械シアター」主宰の立川佳吾さん 36歳。「元気びと/お仕事図鑑」から言えば、ジャンルは演劇。取り組みは「劇団主宰・脚本・演出・役者」と多岐に渡る。「トランク機械シアター」の立ち上げは2012年。札幌のやまびこ座での公演を始め道内外の幼稚園や小学校、福祉施設に出向いて子供達に人形劇を届けているという。「トランクにドキドキとワクワクを詰めこんで」・・・とのこと。他にどんな思いや夢を込めているのかお話を伺った。

 「トランク機械シアター」を始動させたのは、立川さんの一人芝居を観たある保育士さんの一言からだったという。「こういうお芝居を自分が働いている保育園の子供達に観せたい」という熱いコール。子供が楽しむものはどういう舞台なのか、どんなテーマで作ればいいのかと模索しながら保育士さん達ともタッグを組む形で仕上げていったのが始まりだったそうで、その後、人形劇の「ねじまきロボットα(アルファ)」シリーズを軸に演劇畑のメンバー達と年間50ほどの舞台を続けているのだという。
 立川さんは、子供は勿論、付き添ってきた大人達にも観て良かったと思って貰えるような演劇を届けたいと言い、そのために伝えたいメッセージをきちんとテーマにする芝居作りを心がけているという。例えば、「ありがとう」や「ごめんなさい」を言うことの大切さ。観終わった家族が舞台をきっかけに何らかの会話をしてくれたら嬉しいと話す。
 子供達に今のような人形劇を届けることになったのはどんな気持ちが動いたのかを伺うと、立川さん自身は忘れていたのだそうだが、久し振りに会った知人に、「そういえば、昔、いろんな場所を旅をしながら子供達に演劇を届けたいと言っていたよね」と言われたのだそう。「夢が叶ったね」と。本人はそんなことを話したことは覚えていなかったそうだが、20代始めのそんな初心をその一言で思い出し、やっぱり自分はこういうことをしたかったのだと再確認したのだそう。保育士さんから熱いコールを受けたことをきっかけに動き出したのはもともと自分の中にあった方向性だったからだったんだと。

 そういう演劇青年として活動するようになったそもそもの始まりについては、小学4年生の時に劇団四季の「キャッツ」を観たことが最大のきっかけだったというので、詳しく訊いてみると、ほんとうに、「ガラッと変わった」のだそう。それも、幕間に。立川少年は、自分の思いを大人に伝えるのが苦手な小学生で、「僕はこうしたい」とか「これをやりたい」という思いを親にも言えず引っ込み思案の子供時代を過ごしていたのだと言うが、「キャッツ」を観て自分の中の何かが変わり、休憩時間に自分からサインを求めに行ったのだそう。そんな息子を見るのは初めてと母親がびっくり仰天したほどの行動力。それ以降、「サッカーがしたい」など自己表現が出来るようになり、好きなことを自分でやってみようと行動する子供に激変したのだと楽しそうに話す。
 それは、なぜ? という問いに、「前に出てもいいんだなと思えたから」という答え。
 引き出されたのだなと思う。立川さんの場合は、たまたま「キャッツ」という最高のエンターテインメント、人の中にある表現力の発信に触れたことで、眠っていたスイッチが入ったのだろう。「自分は何が出来るだろう? その何かをするためにはまず思ったことを発信することが大事なのだ」と。その後、演劇の道に進み、劇団を立ち上げ、楽な世界ではないから沢山の葛藤や模索もあるだろうが、芝居を続ける中で「子供や大人達をも楽しませる舞台」の方向に導かれ、何はともあれ全力を注げるものに今辿り着いている。

立川佳吾さん そんなふうに劇団四季の発信から自分の中の積極性を引き出されたように、今、立川さん達が発信する人形劇を観た子供達の中から何らかの力が引き出される可能性があるとすれば素敵な循環だ。そんなきっかけとなる立場の醍醐味を訊いてみると、逆に、それは重責のほうが大きいと立川さん。「僕たちの舞台を観て、芝居が嫌いになってしまう子供もいないとも限らないですから」。演劇を発信する側としてそれは責任重大なのだという。だから、脚本も悩みながら書く。エネルギッシュなステージにするために体も維持する。生半可なことは出来ない。「子供は、ちょっと気を抜くとすぐにばれますから」。だから、真剣勝負なのだという思いが爽やかな笑顔から伝わってくる。立川さんの仕事の分野は「演劇」だが、大きな意味では「教育」の立ち位置でも踏ん張っているのだという自負が溢れてくるような真っ直ぐな姿勢だった。

 インタビュー終了後にぽつりと話されたのが、「自分が貰ったものを返そうとしているのだと思います」という一言。小学4年の時に劇団四季に出会ってそこから自分が変われた。だから、今度は子供達へ返そうということは勿論、今、道内各地に出掛けて芝居を届ける中で出会う人達から沢山のものを貰っているのだと続ける。その沢山の思いが次の脚本を書かせてくれる。それがお返しになると思う、と。
 4月9日のインタビュー後記で、私は、北大教授の雪博士・中谷宇吉郎の随筆の中の、「日本の国力というものが、こういう人の知らない土地で、人に知られない姿で、幽(かす)かに培養されているのではないか」という一文を引用し、こんなふうに結んだ。
 ・・・「人の知らない土地で、人に知られない姿で、幽かに“培養”されている日本の国力。この世界を支える力を、人知れず幽かに培養している誠実な人達。そこに『元気びとイズム』の源があるような気がした。」
 演劇を仕事に選んだ立川さんは、人形劇を通じて、「人は一人では生きていけない」「誰かの助けを借りなければ何も出来ないのだから、ありがとうやごめんなさいが大切」といったごくごく当たり前だけれど“大事なこと”を子供達を通して実は大人達にも伝え続けている。そして、そういうことを人知れず大事にして日々を暮らしている人達が各地にいて、その思いに呼応している。
 罵詈雑言や悪口雑言、はたまた、甘言密語が跋扈している世界の一隅一隅で、声は小さいけれど、ちゃんと大事なことを発信している人達、受けとめる人達は確実にいる。
 『元気びと』は、「この世は捨てたものじゃないよ」ということをさりげなく気づかせてくれる“小さな窓”なのかもしれないなと、今回も改めて感じている。

(インタビュー後記 村井裕子)

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