5月7日放送

 以前この欄で、「ほっかいどう元気びと」は「お仕事図鑑」でもあると書いた。
 なぜその人はその仕事を選んだのだろう、どんな思いをその仕事に込めているのだろう、それを通して何処に向かっていくのだろう・・・仕事からその人が浮き彫りになるのがまさに“図鑑”の面白さ。そうして、それぞれの“役割”が人を作っていくものでもあるのだなぁと、仕事というものが持つ力のようなものにもインタビューをしながら気づかせていただいている。

斎藤昭雄さん 今回の“お仕事”は、思い入れや思い出のある家具の修理・再生。他では修理出来なかったと持ち込まれる家具や道具などを請け負って35年という千歳市の「マルニさいとう」代表の斎藤昭雄さん 75歳。大量生産・大量消費の流れの中で定着してきた「壊れたものは捨てて、新たに買い換えた方がいい」という世の中の“当たりまえ”とは少し距離を置いたところで、何とか直して欲しいと持ち込まれる箪笥や椅子などを引き受けてひとりで直してきたという。どんな思いで痛んだ家具と向き合ってきたのか、お話を伺った。
 斎藤さんはもともと家具メーカーで営業の仕事に就いていたのだそうだが、30代半ばに会社を辞め、家具の修理方法を独自に研究し工房をスタート。ひとつひとつを直しているうちにそれが仕事になり今に続いているだけだとひょうひょうと話す。
 「どこかに修行に行ったわけでもないし、家具工場で習ったわけでもない。来たものをただ直しているだけ」
 だから、自分は“職人”ではないのだと斎藤さん。とはいえ、直すと一口に言っても簡単なことではないだろうと思って訊けば、「どうやったら直せるだろうかと、夜、布団に入ってからも一生懸命考える」とのこと。
 持ち込まれるものは、明治の初期に作られたらしい桐箪笥や昭和の香りのするちゃぶ台、ボロボロになった椅子やダイニングテーブル、子供の頃に使っていたという木の玩具まで、他では確かに修理を断られるようなものが多いと言うが、どれもこれも、やはり、「母親が使っていたから」とか、「自分が使っていたものを産まれた子どもに使わせたい」など、それぞれに“思い”があるのだという。
 「そんなに思いや思い出があるものなら、受けたら最後、やったことのないものでも自分なりに創意と工夫でなんとか考えて直したい」。だから、頭の中でああすればいいか、こうすればいいかと一生懸命考えるのだそうだ。
 仕事というのは、「誰かの役に立ちたい」という理念からスタートして形にしていくものもあるが、「出来ることをやっていたら、それが知らず知らずに誰かの役に立ち、誰かに喜ばれている」というスタイルも確かにある。斎藤さんの“仕事”がまさにそういう気負いのない積み重ねなのだろう。
 どれだけの人が、直って帰ってきた愛着ある家具を歓迎し、そのこだわりの道具をその人だけの心の置き所にしているのかと想像すると、「直す」というのは何にしてもやはり気持ちを支える仕事なのだろうなと思う。

斎藤昭雄さん 収録時には少し緊張もされていたが、終了後、営業の仕事を辞めてひとり仕事を始めたその当時の思いをぽろりと話された。
 「会社の評価は数字だけだからね・・・」
 成績も悪くはなかったんだよと続け、だけど、同じように頑張っていてもやはり会社は学歴によって差がついてくるからねと、若き頃の胸の裡をそんなふうに表現してくれる。
 会社の評価が数字だとすれば、今の“評価”は斎藤さんにとってどういうものですか?と訊くと、「それは、自分がやっただけ出来るということ。届けて、ありがとうと言われることだけだ」と短く結ぶ。職人ではないですと何度も繰り返していたが、「持ち込まれた傷ある家具を請け負い、なんとか“元通り”に再生して、そして届けて」を繰り返して35年。数字の評価ではなく、「ありがとう」のその嬉しさに応え続けるのを、それを人は“職人”と呼ぶに違いないと感じた。

 それにしても、「モノ」というのは何なのだろうと考える。
 愛着・こだわり・思い出・お守り・支え・希望・・・いろいろなものが「モノ」には宿る。特に、“誰かが使っていたモノを大事に使っていきたい”と思うのは、きっと、その人との思い出がいいものだったから。純粋にその人が好きだったから。その人といた時の自分が好きだったからだ。そういう道具を使うことで、もうここにいなくなった人も永遠に心の中で生き続ける。そんなふうに思い出して貰える人間関係を丁寧に作っていきたいものだと改めて思う。
 ・・・と思いながらも、たとえば100年、いや、50年・・・30年後か、子供も孫もいない私にとってみればすでに自分も夫もこの世におらず、となると、愛着ある道具にしても思い出深く使ってくれる人もいなくなるわけで、今、これ以上道具を増やさない暮らしを・・・というライフスタイルが俄然現実味を帯びてくる。思い出は思い出として、モノはモノとしてという割り切りを迫られる時期も早晩やってくるのだろう。そうして、思いを込めて使ったモノに感謝をして少しずつ少しずつ片付けていき、最期はすっきりと“店終い”が理想。
 遺して価値のある骨董的な家具もお宝も何も無い代わりに、せめて、ごくごくささやかであっても、誰かの気持ちに残るような“言葉”をひとつでもふたつでも残せたらなと、ふと思う。今やれることは、そういう“言葉”でのささやかな贈り物作り。それこそ磨きを怠ってはいけないなぁと改めて思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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