4月2日放送

 だいぶ前になるが、村上龍さんの「KYOKO」(集英社)という小説に心揺さぶられた。基地の町で育ち、黒人米兵からダンスを習ったキョウコが、ニューヨーク、マイアミ、キューバへと導かれていく過程で自己を見つけていくストーリー。惹き付けられたのは物語の終盤。インディアンのおばあさんに言われたことを思い出すというくだりのこんな表現だった。
 「未来は今、もう既にあなたの手の中にある。
  その意味がわかった。わたしは、ずっと、どこかへ向かう途上にいた。・・・
  どこかへ行く、途中なのだ。昔はそれで疲れたり、焦ったりしたが、もう大丈夫。
  途上、にある時だけ、未来があるのがわかったから。・・・
  途上にいて、しかも、それを楽しんでいる時、わたしは未来を手にすることができる。」
 そして、「途上にあるのは不安定だが、何とかなると思う。ダンスが、まるで生きもののように、わたしのからだにあるからだ」という未来を感じさせる言葉で締め括られている。
 キョウコにとってはダンスだが、私にとっての「ダンス」は何かと、ずっと問いかけてきたような気がする。「ほっかいどう元気びと」、4月最初のお客様を迎えて、そんなたぎるような思いをふと懐かしく思い出した。

吉田つぶらさん お話を聞かせていただいたのは、「SAPPORO TAP ENSEMBLE」を主宰するタップダンサーの吉田つぶらさん 31歳。出身地の札幌と東京と行き来しながらライブを続け、一般の人達にもその楽しさを伝える講師としても活躍している。
 タップダンスと言えば、「軽快なステップ」「床を打ち鳴らす音のリズム」というイメージ。真っ先にハリウッド映画のダンスシーンが思い浮かぶが、同時に「難しいだろうな。自分でするものではなく、観るもの」と思いがち。まずは、タップダンサーとして、タップダンスの魅力をどう感じているのかを訊いてみる。
 「タップは、音ひとつひとつが心地よく、自分が出す音が正確なのか間違っているのかが明確に分かる」。その分かりやすさが魅力なのだと吉田さん。小さい頃からヒップホップやハウスダンスに馴染んでいたそうだが、タップはその明快さが練習しやすかったのだと言う。「音」つまり「リズムの正確さ」を求める分かりやすさ。そして、音楽とコラボレーションすることで「会話をしているみたい」な感覚を覚え、「私、これをやりたい」と思ったのだそう。言葉を駆使する仕事の私にとっては、「会話は言葉」がまずありき。「タップダンサーの会話」とはどういうものなのだろう。問いかけに吉田さんは答える。
 「言葉よりももっと人のことが分かるコミュニケーションのひとつ。私はどちらかと言うとコミュニケーションが得意ではなく、言いたいことが言えないことも多かった。それがタップでなら言える」
 自分の要望や願い、感情、思いをステップで伝えられるということ?さらに問う。
 「相手のタップや楽器のピアノなど、音とコラボしていくと、この人はこういう人なんだと分かる。それがすごく魅力。そういう部分で私は支えられて来ていると思う」が答え。
 へぇ~、そうなんだ。言語コミュニケーション人間と非言語コミュニケーション人間、正反対の者同士のコラボレーションインタビュー。だけど、何かが共振していて心地良い。
 吉田さんは、日常的にはジャズバーなどでライブを行っているが、札幌のスタジオで初心者にも教えているとのこと。門を叩く人達は、昔ハリウッド映画を観て、いつかは私もと思っていた中高年の方々や、最近、人気グループの嵐がコンサートなどでタップダンスを披露している影響で小さな子供達も来るという。「まさに、嵐からフレッド・アステアまで」の幅広い年齢のタップ人気。とは言え、「足がつりそう」と率直な懸念を伝えると、「よく言われますが、タップは力を抜くので、むしろつらない」。だから、中高年からでも歩ければタップは踊れるのだそう。「力を入れるのではなく、力を抜く」という一言で合点がいく。何事も、力を「入れる」のではなく「抜く」ことが大切。この一言で、「もしかしたら私でも」と思ってしまった単純な自分に呆れながら、話を次へ進める。

吉田つぶらさん 吉田さんがこの道と心に決めたのは、大学在学中ニューヨークに1年間語学留学したことがきっかけであり、その環境は自分にとってとてもいいものだったと語る。ずっとダンスはしていたが、日本ではダンスを身近に感じることが出来ず、24時間ダンスをやりたい、ダンサーになりたいと思っていても、それが現実的ではないところにあったそう。「ダンサーになりたいって、何言ってるの?」と他人からも言われ、自分でもそう思っていたそうだが、NYでは街で「あなたは何ダンサーなの?」と普通に声を掛けられ、見知らぬ人達とダンスをきっかけに会話が弾むことや、日常的にオーディションがあることなども新鮮で、「ダンスって、こんなふうに受け入れられていいものなんだ」と思ったことが大きな支えになったのだそう。ダンサーは職業であり、それを生業として自分の足で立っていいのだという発見。「ダンサーでどうやってご飯を食べていくのか?」というモヤモヤが一気に晴れて、NYに来て良かったと思えたのだという。
 日本でタップの第一人者との出会いもあったことからこの道を自分の仕事にしようと定めた吉田さん。「タップダンスは、世の中に何をもたらすとその時思ったか?」という少し深い質問もしてみる。笑顔で楽しそうに話す吉田さんの答えはこうだ。
 「ほんとうに小さなことだと思うが、ライブなどへ行くと、明日からまた頑張ろうという気持ちになる。日常ではないところにトリップ出来、そこから何かを貰って帰ることが出来る音楽やアートってすごいと思う」。だから、表現者として、自分はタップでそういう発信の役割をしていきたいのだと真っ直ぐに語る。
 そのために大切にしているのが、「ひとつひとつを積み重ねること」。「その積み重ねというのは、私にとっては練習。それは、祈りに似た感覚。有り難うという気持ちの積み重ねのような感覚でもある」と続け、「その土台がないと、あれをやりたいこれをやりたいと言ってもすべてが崩れてしまうと思う」と、ダンスを通して目指す生き方を素直に言葉で表現してくれる。さらに、踊っているだけでいいという立場からライブの企画や運営、生徒達をまとめる役割も加わって責任も大きくなり、益々人としての成長も積み重ねていかなくてはならない過程にいますと話す言葉から、綺麗な立ち姿の背筋だけではなく心の背筋も伸びているのが凜と伝わってくるインタビューだった。

 前述の村上龍さんの「KYOKO」は、1995年の小説だ。今から22年前。時代はバブル後。私は30代後半。まさに、この先、この仕事をどう自分のものとして一生繋げていけばいいのかと最も悩んでいた時期だったからキョウコの言葉があんなに響いたのだろうと、吉田さんへのインタビューの後で丁寧に自分の心を思い起こしてみる。
 村上龍さんは、あとがきでこんな表現をされている。
 「『キョウコ』は希望と再生の物語だ。閉塞的な状況に苛立ち、自分を解放して生きようと何かを捜し続ける人々が、この作品に触れて、勇気を得てくれることを、私は願っている」
 その作者の思いが凝縮しているのが、「途上にいて、しかも、それを楽しんでいる時、わたしは未来を手にすることができる」ということなのだと改めて思う。ダンスを生業として生きていこうと踊り続ける人もいれば、何らかの仕事を一生のものにしようと突き進む人もいる。先行き不安に焦ろうとももがこうとも、「途上にいて、それを楽しむ」ことで、もうすでに未来は繋がっている。気づくと、私自身は今、「その時の未来」に立っているわけだが、ああこんなふうに繋がっていたのだ、「途上にいる」ことが未来へと繋がるすべてだったのだと、その時に白紙だった解答が曲がりなりにも埋まっていることに安堵の気持ちを覚え、「それでも今尚、途上である」と、さらなる未来への思いも抱いている。

 「キョウコ」が希望を語ってから22年後の今、世界の「閉塞的状況」は解消されるどころか益々進んでいる。微力ではあるが、「自分を解放して生きようと何かを捜し続ける人々」のために私自身もこの仕事を通して希望が伝わる言葉を発信していけたらと思っている。 

(インタビュー後記 村井裕子)

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