3月26日放送

坪川拓史さん 3月最後の「ほっかいどう元気びと」は、「もう一度会いたい元気びと」としてお迎えした室蘭在住の映画監督 坪川拓史さん 45歳。以前出ていただいたのが2014年8月。福島を舞台にした映画「ハーメルン」を東日本大震災を挟みながらも5年を費やして制作したことや、2011年に家族と共に故郷に戻り、室蘭や西胆振を舞台にしたオムニバス映画「モルエラニの霧の中」を撮り始めたことなどを話していただいた。
 独特の映像美があり、説明を極力省いたストーリー展開が持ち味。その饒舌になり過ぎない映画作りにこめた思いや、行く先々での人やモノや古い建物との“出会いの妙”の話を聞きながら、そういう“何かに作らされている”ような映画で今後どういうものを見せてくれるのだろうという興味が湧いたのを覚えている。その後、折に触れて室蘭の知人達から「モルエラニの霧の中」の進捗状況を聞いていたが、ここにきてまずは7話のうち完成した4話の試写会が行われているという朗報を耳にし、再度、出演のお声がけをした。

 坪川さんの映画作りはとにかく丁寧。映像加工などをせず自然のままを映し出したいために、例えば桜の咲き具合や銀杏の色づき具合が悪ければ、翌年まで持ち越す。「ハーメルン」の前作の「美式天然(うつくしきてんねん)」は9年がかりで完成させたというご自身の“最長不倒記録”があって、今回の「モルエラニの霧の中」は少なくとも2015年には完成させていたい・・・と前回話されていたが、2017年の今現在、「“いつもの僕のペース”になってきてしまいました」とのこと。「やはり桜が・・・」と、“効率”以上に大事にしたい思いがあるのは変わっていないことを苦笑いしながら話しつつインタビューは始まった。
 室蘭に住んですでに6年。この数年の変化はといえば、映画に携わってくれる市民の皆さんの手際が格段に良くなり、適材適所の役割を果たしてくれていること。やはり、自分達の地域が映画になるというのは住む人達にとっても活気が生まれることなのだろう。試写会の開催などにも熱を入れてくれているとか。観に来てくれる人の熱も思った以上で、東京の両国で試写会を開催した時には、多くても50人位かという予想を遙かに超えてゼロがひとつ違う観客数。半数は室蘭に何らかのゆかりがあったようだが、他の方々も自分の故郷に重ねて観てくれたようだと坪川さん。映画の、それはマジックなのだろう。それぞれが映像を自分の心の中に引き寄せたり、膨らませたりというマジック。坪川さんの映画は饒舌ではない分、ストーリーを離れて、観る人ひとりひとりが自分の記憶の中に入っていける要素を多分に持っているのかもしれない。ストーリーを追うこと以上に、“知らない何処かだけれど、自分の中にもある何処かの場所”に身を委ねるような心地良さが。

 古い建物や年季の入った道具に何故か惹かれ、その「何かがこもっている古いものに力を借りて映画を作っているような気がする」と坪川さんは話す。「撮影を進める中での出会いの妙は、そして、それによる“化学変化”は?」と今回も訊いてみる。「ハーメルン」の撮影秘話として、取り壊しが既に決まっていた古い小学校校舎が上映がきっかけで遺されることになったというエピソードを前回聞いた。きっと、室蘭でも古い何かに“愛されている”に違いない。沢山あるという中で話してくれた1つが、舞台のひとつに選んだ室蘭の「青少年科学館」のエピソード。建物が取り壊されることになり中庭に展示されていた蒸気機関車の居場所が無くなるというお話しを書いていたら、撮影後に改築が決まり、現実が脚本を追いかける形になったのだそう。実際にそのSL自体の存続も危ぶまれていたというが、試写会後に「遺した方がいい」との声が上がって別の場所に移されることになったという。「ちょっぴり、僕の映画のおかげかも・・・」と冗談を混ぜながら、「映画で取り上げなかったら“知らないまま消えていくもの”がある。それが結果としてひとつでも遺ることは嬉しいこと」と、あくまでも控えめに語る。

坪川拓史さん 「いろいろなことが思わぬ方に転がる現象が不思議です」と言う坪川さんに、核心の質問を投げかけてみる。「なぜ映画を作り続けるのか?」「何を伝えたいのか?」・・・
 「それは、何だろう?偉そうになってしまうかもしれないですね」としばし沈黙の後、「鼻をかんでいいですか?」と絶妙の外し。場は笑いで緩むが、そこを是非とも聞きたい。尚も、「なぜ、“私”はそれをやっていると思うのか。その意味合いを言葉にすると?」とあくまでも柔らかく、されどしつこく問うと、「そのままですね。“なぜそれを私はやっているんだろう”ですね。最近よく思うし、昨日も“何でやっているのか?”と思いましたね」と坪川さん。
 「僕は、気がついたら映画監督と呼ばれていた。一度も目指したことも、なろうと思ったこともない。最近、はたと、なんで撮っているんだろうって・・・」。さらには、「なんで、撮れているのだろう」とも続ける。その方向の「問い」への答えは簡単に出るものではない。ひとりひとりが個々に求め続けることでしか見えてこない領域のものだ。だとしたら、今、「思いの底で大事にしていることは何なのか?」を聞きたい。さらに問う。すると、「大きい声では言っていませんが・・・これまで作った映画が全部繋がっているのだと思う」と語り始め、こんな答えを言葉にしてくれた。
 「今と過去と・・・地球が“ボンッ”と出来たときから繋がって今があるということを忘れがちだけれど・・・ご先祖様という考え方もそう・・・繋がって今がある。今は時代をぶつ切りにして見てしまうけれど、その延長線上が今なのだということを忘れてはいけない。そんなことを大事にしたいなぁと思います」
 だから、古いものに何かを感じるということを大切にしたい、と。
 坪川作品の映像を思い浮かべる。何処かで見たことのあるような風景。何処かで聴いたことがあるような音。何処かで感じたことがあるような思い。・・・そんな既視感はそういうところから来ていたのだなとふいに合点がいく。
 「私はなぜ今これをしているのだろう?」という根源には、やはり、“大切にしている思い”がある。再びのインタビューで、さらに、心の底の宝を見せて貰ったような気がした。

 井上ひさしさんの本「この人から受け継ぐもの」(岩波書店)の中に、「ユートピアを求めて-宮沢賢治の歩んだ道-」という章がある。劇作家である井上ひさしが宮沢賢治から“受け継いだもの”を語る講義録だが、この中で、「ぼくは、賢治という人をあえて一言でいうとすると、ユートピアをこの世に実現しようとして、さまざまな形で努力をした人だったのではないかと思います」と語っている。賢治は自分の立っている花巻の地で、理想や現実と闘いながら、必死にユートピアをつくりだそうとし、私はその志を継ごうとしているのだと続ける。井上さんが大切にしているのは、「空間(というユートピア)ではなく、時間のユートピア」。自身が取り組む“演劇という装置”が「時間のユートピア」をつくりだすことができ、そこに非常に生きがいを燃やしているのだと語っている。
 「時間のユートピア」・・・時を忘れ、何かに入り込む。想像の世界に心を遊ばせる。それは人だけが作り出せる理想の時間。そして、それは確実に終わっていく、やがて崩れていく。「時間としてのユートピア」だからこその奇蹟。私達が演劇や音楽の空間に身を置くことを求めるのは、そういう特別な時間を味わいたいからだと腑に落ちるが、そんな意味では映画もまごうことなきユートピアだろう。
 古きものが映像の中で静かに呼吸していることで、悠久の時の中に自分の身を置くような気持ちになることがある坪川さんの映画。坪川さんが作ろうとしているのも、そんな、「時間のユートピア」であり、さらには、「時空を超えたユートピア」なのだと、ふと思った。

(インタビュー後記 村井裕子)

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