3月12日放送

 その時々で何となくやぼんやりと心にあることを誰かの文章が的確に表現してくれることがある。「おお~!私の言いたいことはこういうことだったのだ」と思いの輪郭がくっきりと縁取られるような瞬間。これがあるから活字を読むことはやめられないと、我が意を得たりの腑に落ちる文章と出会うことがひとつの楽しみになっている。
 つい先日2月26日は、北海道新聞の「行間往来」という書籍紹介の特集記事で、『対話する社会へ』(岩波新書)の著者である埼玉大名誉教授の暉峻淑子(てるおかいつこ)さんの言葉に目が止まった。暉峻さんはなぜ対話をテーマに本を書いたのかというところ。
  「人間は言葉を持つ動物。対話し合う中で、社会を変えていくことができる。(中略)日本人は何かというと「お上」任せの傾向がありますが、対話を続ければ物事を解決する新しい何かが必ず生まれます。対話がない社会で得をするのは、社会を思うように動かしたい権力者なんです」
 本の中では、行政や住民が80回ものワークショップ方式協議で対話を重ねたことで昔からの屋敷林などを保存しながら拡幅道路問題を解決させたという東京多摩地区の例や、住民の間でまちづくりや生き方について考える「対話的研究会」という集まりが7年も続いている練馬区などの成果の例も挙げているとのこと。暉峻さんは「平和(平穏な生活)を支えているのは、暴力的な衝突にならないよう対話し続けている人々の姿勢なのです」と説き、今の国内外の政治状況には人間的な言葉での対話が欠けているとして、「民主度は、人と人が本当に対話できる社会であるかどうかにかかっていると言える」と問題提起をしている。
 対話で生み出すことの価値は大きいと常日頃思っていたが、それはそのまま人間の成熟にも地域の成熟にも繋がっていくのだとストンと腑に落ちたのだ。

篠原辰二さん そんな思いと実践をそのまま日々の行動に落とし込んでいるのだと感じさせて貰ったのが、今回の「ほっかいどう元気びと」。東日本大震災が起こって丸6年の翌日、3月12日の放送に出ていただいた「一般社団法人ウェルビーデザイン」理事長の篠原辰二(しんじ)さん 41歳。あの震災以来クローズアップされるようになった言葉に「地域コミュニティ」や「コミュニティデザイン」というものがある。災害時ばかりではなく日頃からの地域の繋がりこそが大切で、自分の住む町に目を向け行動することがより良い暮らしに結びついていくという考え方だそうだが、そんな中で篠原さんは「地域福祉」のために活動する組織や人を支えるという全国的にも珍しい取り組みをしているという。人を支える活動をする人達が疲弊してしまわないように支えるという活動のその原動力を伺った。

 篠原さんが地域福祉を支える独自の活動を本格化させたのは一般社団法人を立ち上げた2012年から。それぞれの地域には、高齢者・子供・ひとり親・障がい者をサポートする活動やより良い町づくりのために取り組む組織や人達が数多くあるが、そういった人達が消耗してしまうケースも少なくないのが実情。昔と違ってすべてを行政に頼れない時代の中で、篠原さんはそういう活動の担い手達の志と実践がうまく回るような下支えが必要と痛感し、地域福祉を支える役割を自分が担おうと思ったのだという。その土台になったのが、紋別市と新ひだか町でそれぞれ7年ずつ働いた社会福祉協議会での経験。地域での課題をマイナスに捉えてどうしましょうかという投げかけ方では何も始まらないと気づき、徐々に、町のプラス面をクローズアップして皆がもっと楽しみながら取り組めるやり方に智恵を働かせ、地域のことに対し“自分ごととして動く”ための方法を考え、取り組み続けたことが今の篠原さんの基盤を作ったという。
 さらに遡って、篠原さんのボランティア活動の始まりは、出身地の伊達市で参加した障がいを持つ子供達との交流キャンプ。10年続けたその体験は大学で社会福祉を学ぶきっかけとなり、さらには社会福祉協議会に勤めることに繋がったというが、その原点は交流キャンプという場で大人達が子供達にいろいろな役割を体験させてくれたことが大きかったという。今、誰かが困っていたら支えるためにどういう智恵があるかを考え、動き、人にも気持ちよく動いて貰える仕組み作りに関わっているのは、伊達の大人達のおかげ。思えば、大学で福祉を学ぶ流れもその後の仕事も、伊達で地域福祉に取り組んでいた大人達に上手に導かれた結果でしたと笑っていたが、地域をより良くする人づくりは、やはり、そんなふうにより良い“循環”を作っていくことなのだと改めて感じさせて貰った原点のお話だった。
 私達の暮らしの中ではいつ何時、何が起こるか分からない。自分の身に、家族に、地域に。大震災や台風被害などが突如起こった時に地域が一丸となって非日常に対応し共に支え合えるかどうかは、日頃の繋がりにかかっている。大切なのは、いざとなった時のことをも想定し、日頃からの地域福祉を充実させ、ネットワークを柔らかく繋いでおくということ。篠原さんが語るエピソードの中に、ご近所のお年寄りが「もう子供は大きくなって離れていったけれど、ひな人形を飾ったから見に来て」と声を掛けてくれて嬉しかったというお話があったが、そんなところにも日々のさりげない“繋がり方”のヒントがあるような気がした。

篠原辰二さん 今回のインタビューの中で浮かび上がるのは「主体性」というキーワードだ。収録後にもその大事さについての“対話”は途切れることなく続いていく。
 私からの、「“自分ごとで動く”ということは、今、最も求められていることだと感じる。“誰かのせい”と言い放つだけで何も動かないという他者責任の考え方を、“自分ならどうするか”と自問自答するちょっとした意識の切り替えが大切だと思う」という投げかけに対し、篠原さんは「主体性」と「自主性」の違いについて楽しそうに紐解いていく。
 「正解がすでにあるものに対して自分で動く『自主性』から一歩進めて、自分で答えを見つけ出して動く『主体性』へと考え方を変えていくことが大事。その2つは似ているようで全く違いますよね」と。誰かが決めた答えに向かって率先して動くことではなく、自分で考えて動くということ。その違いは新鮮な発見だ。さらに、「上司が悪い、会社が悪い、周りが悪いなど愚痴を言いっ放しというのが最も良くないですね(笑)」と返す私のボールに対し、「そんな中でも、だったら俺達でこうしようああしようとアイディアが出て、行動に結びつけば、それは『主体性』になるんです」と返球。なるほどなるほど・・・。ああだこうだと話している中から「主体性」で動くための“スイッチ”が入ることもある。対話が起こしてくれる化学反応。話しているうちに、「これではいけない」とか「前に進むために何ができるか」などが導き出され、視点が切り替わっていく。だから対話には価値がある。
 1年のうち3分の2は地方に出掛けているという篠原さん。各地の自治体の地域作りへの関わりは勿論、被災地支援のネットワーク作りや民間の小さな団体のサポートなど活動は多岐に渡っているが、伝わってきたのは、人と人とが対話をしながら何かを生み出すという「種まき」をあらゆる地域でせっせと続けているということだった。
 そこから出てくる芽は、暮らす人々誰もが、その人特有の“役割”を持ち、その力を柔らかく使うことで“働き”、共に“支え合い”、幸せを実感する生き方。
 大切なのは、それを上から押しつけられるのではなく、“自分で選び取る”ということ。それこそが“自分達”が主体的に作り上げていく地方の幸せ・・・なのだろうと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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