2月19日放送

 「ほっかいどう元気びと」は「ほっかいどう仕事図鑑」でもある。・・・それは常々思っていたことだ。単なる仕事紹介の「カタログ」ではなく、その取り組みへの精神性までもが伝わってくるような「図鑑」。おひとりおひとりにインタビューを進めていると、それぞれが精魂込めるその仕事の根本にある揺るぎないものが立ち上がってくることがある。そして、面白いことに、全く違う職種であっても“仕事を楽しむ極意”のようなものが共通していたり、根っこのところに同じような理想を抱えていたりする。大切なことはそれほど違わないのだと改めて気づかせて貰えるのがこの「図鑑」のいいところだと思っている。
 今回のお客様が携わるジャンルは「日本茶専門の卸売問屋」。歴史ある家業を受け継ぎ、美味しい日本茶を提供するという仕事だが、お話という頁を開いていくとその源には伺って初めて共感する機微がいくつもあり、“人と仕事”の原点をも感じさせていただいた。

玉木康雄さん 昭和8年に札幌に創業した「お茶の玉翠園」三代目である代表取締役の玉木康雄さん 55歳。祖父の代から日本茶の熟成、焙煎を手がけてきた卸売問屋で、北海道だからこそのお茶の文化の継承に弟の幸男さんと共に力を注いでいるという。札幌市中央区南一条東一丁目の二条市場近くの店舗で84年。店を拡大せず、支店も増やさず守ってきたその原動力を紐解かせていただくと・・・。
 玉木さん曰く、お茶の熟成が何と言っても日本茶専門店の腕の見せどころ。幸男さんが厳しく鑑定し仕入れた各産地のお茶を康雄さんが熟成し、幾通りもの方法でブレンドをして商品にしているとのこと。だから、その年の茶葉の状態によっても勿論、熟成の度合いやブレンドによって出来上がる商品は毎回同じではない。それをお客様の用途に応じてきめ細かく提供するために出来るだけ店頭に立つのが自分の役割。そうやってより良い品質のものをより美味しく味わっていただくために対面を大事にしてきたと、個人商店ならではの矜持を語る。
 なぜなら、「お茶は“未完成品”であるから」と玉木さんは続ける。お客様の手に渡って、お湯を注いで初めて「完成品」となる。規格品を売ってそれで終わりではなく、美味しく味わっていただくための淹れ方を伝えることも欠かせないのだと。そのお茶の最もいいところを引き出すためのコツをお客様に直に伝えると共に、広く一般の人達にもお茶の魅力をわかって貰うために「NPO法人 日本茶インストラクター協会」の理事を引き受け、日本茶インストラクター専任講師としてカルチャー教室や学校などでも講座を開いているのだそうだ。
 大学では法学部に進み、法律関係の仕事を志していたという玉木さん。在学中に創業者である祖父が亡くなったことで、この祖父が苦労して形にしてきた「玉翠園」を受け継がなくてはいけないと三代目への舵を切ったとのこと。法律の学びはそのまま会社の運営に大いに役立ったが、ご自身で“私は理詰めでものを考えるタイプ”と言うように、“情緒的”なお茶というものをどのように客観的に伝えたらいいのか、どうすればその良さを理解して貰えるのかというところが長年のご自身のテーマだったという。「未完成品」であるお茶を家庭でどう「完成品」として仕上げていただけるか・・・そこを可能な限りフォローするのがお茶屋の仕事だと気づき、ひとつひとつの方法を構築していくうちに役目がどんどん増えていって、「今では、道外のお茶の産地の小学校などに呼ばれて日本茶の授業をしてほしいと頼まれることが多くなっている」のだと笑う。

玉木康雄さん お茶の産地ではない北海道。だからこそ出来ることも沢山あると玉木さんは言う。ひとつには北海道で熟成させることで可能性が広がるということ。現に、豊平峡ダムの岩盤を掘ったトンネル内で熟成させた「水の守人熟成ブレンド」という北海道ならではの日本茶が全国の品評会で堂々の3位入賞を果たしたそう。お茶をより美味しくするのは、茶葉という素材をいかに適切に“熟成”させるかというこだわりが結実した表れだ。そして、もうひとつには北海道の水の美味しさ。日本中の最良品種のお茶を北海道の水で淹れることで、産地よりも美味しくいただけるという強み。だからこそ、北海道から日本茶の文化を伝えていくということの意味は大きいし、それは使命なのだと胸を張る。
 創業者の祖父が遺した言葉は、「北海道でお茶屋をやるなら、水を守れ。水源である森を守れ」。存命中から山の植樹などにも積極的に関わっていたとのことだが、玉木さんご自身は狩猟免許を取得し、エゾシカの駆除に携わってきたのだそう。増えすぎたエゾシカによって樹が立ち枯れし、森が荒らされているのを目の当たりにし、水を守る“お茶屋”としての責任を感じたからだという。そして、「玉翠園」の商品に「エゾシカのほうじ茶佃煮」があるのは、“命を美味しくいただくために、お茶屋として出来る料理は何か”を考えてのことなのだと、パズルのピースをひとつひとつ埋めていくように語ってくれた。

 そうして浮き彫りになったのは、「日本茶専門 卸売問屋の店主」玉木さんの仕事の源流は、創業者である祖父と先代の父親から受け継いだ仕事に対する哲学。高度経済成長期であろうがオイルショックであろうが、バブルやリーマンショック・・・どんな情勢であっても変わらない姿勢を保つということ。店の規模を大きくしない、増やさない、これなら美味しいと思える品質を守ることを忘れないという“フラットな歩み”の重要さ。そこを貫き通せるのは、個の財産という“モノ”を守る以上に北海道の水や自然への永続的な思い、ひいては人の幸せを願う気持ちが心棒にあるからなのだと伝わってきたのだった。
 収録後にも「仕事にとって何が大切か」についての対話は続いたが、玉木さんの言葉で心に残ったのは、「誰もが未来に繋ぐ何かをしなければ。自分の仕事や立場で何が出来るだろうかと考えることが大事」というものだった。
 人間もまた「未完成品」であり、どんな仕事をしていても「完成」は無いのだと思うが、「未来に繋ぐ何か」ということを日々の中で僅かながらでも考えることで、それはいつか小さな足の形の痕跡となって残るかもしれない。それが未来の誰かの幸せに繋がるかもしれない・・・そう思えるだけでも、取り組む仕事は“させられるもの”ではなく情熱を注げるものに変わってくるだろう。
 忙しい日々でもワクワクしながら仕事に向かう姿勢が伝わる「お茶屋さん」と話していて、どんな仕事でも“それを通して何が発信出来るか”という自分自身の熟成こそが大切なのだと改めて感じさせていただいた。

(インタビュー後記 村井裕子)

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