1月22日放送

 2016年5月のこの番組で、ニセコに移住してアウトドアの体験観光のビジネスを定着させたオーストラリア出身のロス・フィンドレーさんにお話を伺ったことがある。その時に印象に残ったキーワードが、「自分自身のライフスタイルを大切に」ということだった。どこまで仕事を中心にするのか、どこまで休めるのか、その楽しみのために何が出来るのか・・・そういう暮らしのスタイルがはっきりしているのがニセコの良さなのだという。ここのところ国内外からの移住者が個々のライフスタイルを楽しんでいるというニセコエリアには、10人いたら10人の暮らし方があるのだろうなと、そこに流れる空気や景色を想像したのを覚えている。

渡辺仙司さん 今回の「ほっかいどう元気びと」にお迎えしたのも、ニセコに自分の場所を見つけた人。ニセコのグランヒラフスキー場近くに冬の間だけオープンしている「Bar Gyu+(バー・ギュータス)」のオーナー 渡辺仙司(ひさし)さん。1月22日の放送日が誕生日で42歳。今ほど活気は無かった1999年にニセコに土地を購入し、自らの手で自宅兼バーを建てたのが始まりとのこと。現在はほとんどが海外からという観光客を迎え、夏場はその人達の国を訪ねることもあるというニセコ的ライフスタイルへの思いを聞かせていただいた。
 埼玉県の川越市出身の渡辺さんだが、高校時代にスキーの面白さを知り、北海道の大学に進学。19歳の時に父親を亡くし大学を辞めたのだそうだが、ニセコのスキー場でインストラクターやパトロールをしていた流れで、「川越には帰らず北海道に居着いてしまった」とのこと。バーを始めたのは、「最初は、友達が集まれる場所があればいいなという気軽な気持ち」。ストローベイルハウスという牛の餌になる藁で出来た建物にしたくて、その工法を知るためにニューメキシコにまで出向いてやり方を教わり、藁を手に入れ自分で作り上げたのだという。今はお店の目印のようになっている瓶コーラの自動販売機のドアを壁に埋め込んで入り口の扉にしたのは、当時の仲間のひとりがたまたま捨てられていた自動販売機を拾って持って来てくれたから。中の機械部分をくりぬいて、枠のようにして入り口にはめ込んで、内装もすべて仲間とともに作り上げたのだそうだ。それが20代の中頃。そのうちに、ニセコに外国客が訪れるようになり、ビジネスを始める移住者も国内外からやってきて賑わいをみせるようになる変遷も感じながらずっと“定点”でバーを続けている。
 その自力の始まりと長い間お店として継続させてきたことはなかなか出来る事ではないと思い、どんな思いだったのかを伺うと、渡辺さんは、「僕は、実は全く何も考えていないんです。流されるままに今に至ったというか。バーもやりたかったわけでもなかったし・・・」と照れながら答える。「最初は、友達が集まれる場所があればいと思っただけ。ストローベイルハウスもうるさくしてると近所に迷惑だと思ったので、藁を敷き詰めるといいと思っただけで・・・」とあくまでも淡々。少しは考えなければと思い始めたのが最近で、ニセコの不動産関係の仕事に就いていたカナダ人のヨアンナさんと結婚してからだと笑う。
 いくつかの質問をさせていただく中で、渡辺さんご自身の確固たる意志の感じられる言葉はなかなか出てこないのだが、何というのか・・・“自分の意志のエンジン”というよりも、周りの人達が動力となっていろいろなことが回っている感じが伝わってくる。渡辺さんに引き寄せられた様々な人達が入れ替わり立ち替わりやってきては、渡辺さんのライフスタイルを形作っている・・・という感じ。バーにいる渡辺さんはいつも定点。そこに、各国からユニークな人達がやってきてはバーをこうしたらいいああしたらいいとアドバイスをしてくれ、時には意気投合して「国に遊びにおいで!」と呼ばれて夏場にはその人達を訪ねる旅を楽しみ、バーもどんどん充実していく。そのうちに生涯の伴侶となる女性もそのドアを開けてやって来て・・・。
 「僕の日々は、除雪して、バーを開けて、カウンターの中を左右に動いているだけ。そうやって待ち遠しかった春がくる」と語った表現が面白かったが、ニセコという場所にいるからこそ多くの人を惹き付けるものを持っている人なのだと感じられた。

渡辺仙司さん 収録後の、「あなたの宝ものは何ですか?」の聞き取りでは、「出会いです」と一言。「いろんな人がいろんな場所から『Bar Gyu+(バー・ギュータス)』にやってくることで、その後の展開が思いがけず転がっていく面白さがあるんです」と続け、“たまにすごく気が合っちゃう人”などからその人の国に誘われて遊びに行くのだという。ある時バーにやってきたアメリカ人のお客は、「こっちのライトは消せ。このキャンドルはここに置け」と店内の灯りに関してうるさくアドバイスをしてきて最初は面倒な人だと思っていたのだそうだが、話をしてみればイベントのプロデュースをしている人で、そうこうしているうちに夏場のフェスのテントでウイスキーバーを開かないかと誘われてアメリカに行って来たなど、様々な職種人種の人達との出会いで「どう転がるかがわからない」エピソードを教えてくれる。「バーにやって来る人は最初はどんな仕事の人なのかは分からないけれど、遊びか仕事か分からないようなことをしている人と仲良くなれるんです」と渡辺さん。
 “すごく気が合っちゃう人”というフレーズが気になったので、それはどういう人かと訊いてみると、「好奇心のアンテナの張り方が近い人」という答え。なるほど、なるほど。“バーのカウンターを左右に動いているだけでやがて春が来る”という渡辺さんが持っているのは、見えない「好奇心のアンテナ」。そのアンテナに惹かれてくる人達とともに紡いできた“ライフスタイル”なのだと、「Bar Gyu+」が長く続く理由が腑に落ちたのだった。

 10人いれば10人の暮らし方、楽しみ方がある。みんな違ってみんないい。
 自由に場所を選び、自由に生業(なりわい)を決め、暮らしたい人と暮らす。そんなふうに個々の暮らし方=ライフスタイルというものを選べるというのがいい時代なのだなぁ・・・と改めて思う。最近、映画『この世界の片隅に』を観に行っていろいろなことを感じたから特にそう思うのだ。私達が今“普通”に営んでいる、毎日仕事に行くとか、「ただいま」と普通に帰ってくるとか、沢山の食材を選んでご飯を作るとか、家族揃って食卓を囲むとか、笑いたいときに笑うとか、伝えたいことを伝える・・・それらはけっして当たり前のことではない。そんなささやかなことさえも出来ない時代が少し前にあったし、今まさにそれすら叶わない国の人達もいる。
 ライフスタイルを自分の手で選べるということは、なんて幸せなことなのだろう。そして、それをすべての人が叶え続けられるために何が必要なのだろう?・・・
 心の底から静かに何かが揺り動かされるような映像とストーリーの余韻の中で、日々が当たり前に繋がっていくことの尊さを思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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