1月8日放送

石井宏さん 2017年の第2週、今年おふたりめのゲストは、この春、道内初となる女子硬式野球部の監督として指揮を執ることになった元阪急ブレーブス投手の石井宏さん 53歳。2016年の春から札幌新陽高等学校の教諭となり、生徒達の授業を受け持つ傍らで野球部創設の準備を進めてきたという。帯広出身の石井さんが関西での生活を経て、北海道の女子野球を率いる立場になったその経緯や思いを伺った。
 帯広で生まれ育った石井さんは、会社の野球チームに入っていた父親の影響で小学生の頃から野球を始め、帯広の中学を卒業後に当時の北海道日本大学高等学校に野球留学し、主将でエースの4番として活躍。高校卒業時にプロ野球ドラフト会議で指名されながらも保健体育の教員免許の取得を目指すことを決意し日本大学文理学部体育学科に進学。卒業後は東京近辺のセリーグ球団の希望が叶わなければ社会人野球へ進もうと大昭和製紙硬式野球部に内定していたが、阪急ブレーブスに1位指名され、悩んだ挙げ句に入団。その時、恩師の「ドラフト1位に指名される選手は1年間に12人しかいないのだから行かなきゃだめだ」という言葉に動かされたのだという。肩と肘の故障でやむなく4年間のプロ経験に幕を閉じ、その後は一般企業に20年勤めながら少年達の野球指導を続け、2012年、京都両洋高等学校の女子硬式野球部の創設と同時に初代監督に就任。4年の間にプロへ進む選手も輩出し、そして今回、東北以北で初の女子野球部の立ち上げに関わることになって故郷に戻ったというのが石井さんの野球とともに歩んで来た道のりだ。
 転機のきっかけは、帯広に暮らす高齢のご両親のことをそろそろ真剣に考えなければと仕事先など何も決まっていない段階で北海道に帰ることを決意したということ。教員となって野球部の指導にも携わることが出来ればという思いはあったそうだが、その背景で道内の女子野球の周辺でいろいろな人が徐々に動き出していたという流れもタイミングだったのだろう。北海道唯一の女子硬式野球チームである「札幌ホーネッツ」の熱心な働きかけで新陽高校に女子硬式野球部創設が決まり、指導者として京都で実績のある石井さんに白羽の矢が立ったというのだ。
 34年間の関西生活から大転換し、札幌では単身赴任で教職と監督という重要な責任を果たすことになった石井さんだが、大きな身体からは“朗らかさ”が溢れ、久々のUターンで好きな野球の指導が、しかも、北海道で最初の女子の硬式野球を定着させるための取り組みが出来るということを心底楽しんでいるという思いが伝わってくる。

石井宏さん 石井さんにはプロとしての経験があり、一般企業での仕事の経験もあり、その間、少年野球チームなど子供達へ野球を教えるということも続けた後に、50歳近くになって高校教師と監督という新分野への挑戦が始まっている。私は常々、自分の道を一生切り開いていくということはどんな取り組みでも簡単なことではなく、ましてスポーツに携わる人達が次なるステージを確立していくのには並々ならぬ努力や精神力が必要に違いないと多くのアスリート達の“その後”というものに注目をしているのだが、石井さんのお話を伺っていて、ご自身の中に“指導者としての自分”というものがずっと根底にあった人なのだと感じられ、だからこそ、そのために何をすればいいのか、何を発信すればいいのかが自ずと選択されてきたのだろうと、大事な気づきをいただいたような気持ちになった。あたかも偶然のように見える「白羽の矢」というのは、そういう往く道の目線をぶれさせないで継続させている人に必然的に放たれるものなのだろう。
 自分の道を切り開くために何をしてきたか?という問いかけに、石井さんは、「自分がこうしたいと思うことは周りに公言してきた」と話されていた。何かを成し遂げている人が信じている「成功法則」だ。収録後に、尚も詳しくそれについて伺うと、そのためにやらなければならない“プラスアルファ”が紐解かれ、そこにこそ忘れてはいけないヒントも沢山あるように感じ、番組を締めるコメントで紹介させていただいた。
 その“とるべき行動”とはこういうことだ。
 「公言しても、自分がきちんとしていないと人は味方してくれない。自分がやろうと思っていることは、人にも認められるようにやっていくことが大事。ちゃんと取り組む姿を見せることで応援してくれる人が出来ていく」
 それを子供達にも伝えていきたいのですと語る石井さんに、「ちゃんとやる」というのは具体的にはどういうことをイメージしていますか?とさらに伺うと、こんな答えが。
 「ちゃんとやるというのは、野球なら“ボールをちゃんと獲る”、“きちんと打つ”という普通のこと。好きなことなら一生懸命やるというただそれだけのこと」
 ごく普通のごく簡単なことなのだが、ほんとうにその通りだ。その通りなのだが、そのごく簡単なことがいかに難しいことか。そして、それはアスリートだけの「ちゃんと」ではないだろう。何に取り組んでいても、どんな仕事をしていても、すべてに通じる大切な姿勢なのだ。何にせよ「普通のちゃんと」が積み重なることで、それはいつしか「神通力」になる。

 北海道という故郷で石井さんは去年の春から“先生”となり、いよいよこの春から女子硬式野球部の“監督”とも呼ばれる。立ち位置は様々に変わっても“ずっと野球に携わってきた”人にとってどれだけ幸せな役割だろうかと思う。この1年、道内は勿論東北へもスカウトに奔走し、「遠くの学校に行かせるのを納得してくださった親御さんに安心して貰うためにも責任を持って育てなければ」と表情を引き締める石井さんのお話を聴きながら、こういう指導者のもとで前向きな姿勢を学びながら一球入魂出来る生徒達も幸せなのではと感じられた。
 ちなみに、女子プロ野球は2010年のスタート以来、ワールドカップで日本代表が5連覇するなどの活躍を見せ、高校の女子硬式野球部も5年前は首都圏を中心に5校しかなかったのが、この春からは札幌新陽高校を含めて26校にまで増えるのだそう。
 女だから男だからといった発想を超えて挑戦が出来る場がひとつでも増えることが世の中の潜在力を引き出していく。それこそが世の中にとってもとても幸せなことだ。
 “女子だから出来なかった”スポーツが、“女子だからこそ凄い”スポーツに野球も育てば、何かが確実に変わるのではないか・・・と楽しみにしている。

(インタビュー後記 村井裕子)

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