1月1日放送

 新年明けましておめでとうございます。
 「ほっかいどう元気びと」では、今年も北海道を舞台にそれぞれの道を切り開いている方々の言葉を届けていきます。どうぞよろしくお願いいたします。

四方田修平さん 「ほっかいどう元気びと」、2017年最初のお客様は、昨年、J2優勝J1復帰を果たした「北海道コンサドーレ札幌」監督の四方田修平さん 43歳。2015年のシーズン半ばから就任して以来、どんなチーム作りを進めて目標を達成されたのか、サッカーで成し遂げたいことは何なのか、周囲の人達が「真面目で誠実」と語るご自身のその人間力はどう培われたのか・・・などなど、「元気びと」ならではの問いかけにどう答えてくださるのかを楽しみにインタビューに臨んだ。
 2015年の新春には社長の野々村芳和さんに出ていただき、その後のコンサドーレの快進撃は番組としてもとても嬉しいものでしたとインタビュー前にお伝えすると、「社長のように上手くは話せませんが・・・」と謙遜。言葉が次々に溢れて説得力があるのが野々村さんの発信力の素晴らしさだとすれば、ひとつひとつの問いかけに真っ直ぐに向き合い、言葉を慎重に選んで表現するのが四方田さんの話し方の強み。考えを幾重にも積み重ねてきた人という印象が説得力となって伝わってくるのが持ち味だ。
 2年前の野々村さんのインタビューの前に、私は個人的に最近のサッカーの指導方法に興味があり、「『言語技術』が日本のサッカーを変える」(田嶋幸三著 光文社新書)という本を読んでいた。日本のサッカー選手が足りなかったのは自己決定力であり、その基礎となる論理力と言語力を磨くことが欠かせないという内容。ほんとうにそれは大事なことだし、サッカーに限らずどんな仕事であっても人として備えなければならないことだといたく共感したのだが、四方田さんのプロフィールを事前に読むと、指導者のための学びをその田嶋さんの元でされていたとのこと。そういう“表現”を重視するというところからもコンサドーレのチームの基盤作りがなされていったのだろうと、楽しみに問いかけを進めていった。

 四方田さんとサッカーとの出会いは小学生の頃。千葉の習志野高校、順天堂大学と進学してサッカーを続け、指導者を目指し筑波大学大学院へ。そこで、現在の日本サッカー協会の会長である田嶋幸三さんの研究室に属しコーチ学を学ぶ。北海道との縁は、元コンサドーレ監督の岡田武史さんの誘いを受けて1999年に来札したのが始まりで、アシスタントコーチ、コンサドーレ札幌ユースU-18コーチから監督を経験し、2015年の夏から現職に就いて、去年、チームの大きな目標だったJ1復帰を果たすこととなった。
 成果を出せたのは何が良かったのかをまずは伺うと、「いろいろなことがうまくいった結果、素晴らしい成果に繋がった」と表現し、2015年の反省を16年に生かし、補強やチーム作りなどの課題を改善出来たことに加えて、J2に落ちてからの4年間の積み重ねが結果として優勝に繋がったと分析。そして、「僕がいる前から積み重ねてきた人達にも感謝したいです」と関わった全ての人への労いの言葉も。
 チーム作りとして特に掲げていた“一体感”のためには何をしましたか?との質問には、「周りのためにどれだけ気配りが出来るかを全員が考えることが大事だと伝え、全選手がそういうふうにやってくれた結果が出たと思います」との答え。大切なことはいつもシンプルなことであり、基本的なことだ。とは言え、その当たり前のことが実は最も難しい。「そんなことはどの選手も大人だから分かっているはずなのですが」と四方田さんも言い、「プロですから自分が試合に出られるかどうかも非常に大きな問題。でも、そことは別にひとりひとりがチームのことを考えるという気配りや思いやりが大事で、それがチームに浸透していったから成果にも結びついたのだと思います」と、人として何が大事かの話に向かっていく。そして、「人が成長する時は、自分が変わろうと思わないと変われない。そこをいかに気づかせるかというのが指導者としてのすべて」と語り、未だにそこがどうやって出来るのかがわからないので、日々いろんな準備をしたりアプローチをしたり、情熱を注いで選手と接していますと、“本気で向き合う”こと無くして何も始まらないという経験則が語られる。

四方田修平さん 幾つかの問い掛けの中で、「今言われて・・・すごく入りました」と、声のトーンがしみじみとした瞬間がある。「常々、四方田さんはトップチームの監督ではなく、サッカーの指導者でありたいとおっしゃっていますが、その違いはどう考えていますか?」という質問。「ユースであろうがトップチームであろうが、どのカテゴリーにおいてもそれは同じで、自分は一指導者として人の力を養いたい。(自分の中の)そういう力を高めていきたいと思っています」と話してくれたが、“そもそもなぜ指導者だったのか”という問いは、四方田さんの中でここのところ自己問答しているキーワードだったのだそう。
 選手としてではなく指導者の道を選択したのは、「選手として力があればプロのサッカー選手になりたかったが、自分は難しいと気づいた」から。サッカーを続けていくためには指導力を付けていくことだと考えてコーチ学を学んだのだという。目標に向けて一緒にプロセスを重ね、達成したときに一緒に喜び、その結果、選手が成長するのが指導者の醍醐味。今回の結果は勿論達成感があるが、選手を成長させられたかどうかという意味では満足することはない。勝とうが負けようがそれはまた別。日々の中にもその喜びがあるからこそ指導者であり続けたいのだと、この仕事の勝ち負けの先にある根源の思いを語ってくれた。

 収録後にも、「なぜ自分がサッカーの指導者を目指したのか」の紐解きは続く。さらに丁寧に話してくれたその思いはこういうことだ。四方田さんは、小学生の頃に「はだしのゲン」や「広島のピカ」といった本を読み、戦争について勉強したことで、“平和に関わることに自分が役に立ちたい”と強く思ったそう。そのためには、例えば先生になるなど、何か子供達に対してそういった関わりを持ちたいと思ったのがきっかけとなり、その時に取り組んでいたサッカーを通してその思いを実現させる道を進むことになったのだという。
 「サッカーは平和に関わることに繋がっていく」と四方田さん。北海道コンサドーレ札幌の監督の心の根っこにある大切な思いが、選手やスタッフ、サポーターの力と響き合って、2016年の大きな結果に繋がったのだと改めて感じさせていただいた心豊かな今年初のインタビューだった。

 スポーツに関わる人達の思いを紐解かせていただくと、「そんなふうに真摯にひとつのことに向き合っている人がいるなら、自分も頑張ろう」というインスピレーションをいただける。四方田さんから伝わってきたのは、「好きなことを通して一体自分は何が出来るのかを考え、挑戦し、人一倍の頑張りを積み重ねていく」という、ごくごく当たり前だけれど行動に繋げるのが難しい“人の中の力”だ。
 2017年。きっとこの1年もいろいろなことがあるだろう。世の中としても、北海道としても、個々のそれぞれにも。それでもやはり前を向くことでゴールに向かうことは出来る。
 四方田さんがここのところ自己問答しているという「自分はなぜ指導者になりたかったのか?」という問いかけから触発を受けて、「自分はなぜこの仕事をしたかったのか?」という「そもそも、私は“なぜ”・・・」の根源を浮き彫りにする質問を自分にしてみるのも面白いかもしれない。その後で、「では“どんなふうに”進むのか?」の答えも見えてくるだろう。
 1月1日、静かな場所で、「今年の抱負」を考えながら、そんな問い掛けを皆さんも是非。

(インタビュー後記 村井裕子)

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