12月18日放送

 今年の漢字は「金」と決まったとニュースが告げている。「きん」でも「かね」でもどうぞご自由に想像を・・・ということらしく、オリンピックの金メダルに湧いた年だったという明るさも込められているとのことだが、もしも夏目漱石がこの光景を見たら、没後100年の草葉の陰で、「金(かね)さ君。まさにカネだよ・・・」と嘆息するのではと思ってしまう。或いは、「こんなにカネカネと、カネのために魂まで売ってることに気づかない日本人は一体どこへいくつもりなのだ・・・」と、怒り呆れ果ててまたまた胃が痛くなるに違いない。はたまた、今またペンを持ったら、「亡びるね・・・」と再び主人公に言わせ、新たな文学を打ち立てるのではとも思う。そんなふうに、“何はともあれ経済のためなら”と突っ走っているここのところの世の中の風潮に小石を飲んだような違和感を感じるのは私だけだろうか。
 大きなものから小さなものまであまりにも損得が先行する世の中で思いを馳せたくなるのは、かつて読んだ作家達の言葉や信条。夏目漱石を筆頭に、こすっからいスクルージを改心させたディケンズの「クリスマス・キャロル」、寓話の中に戒めを込めた宮沢賢治の「注文の多い料理店」など、洋の東西を問わず、金で心を貧しくし損得勘定で生きることの恥ずかしさを表した言葉ひとつひとつを思い起こす。
 そして、私はふと、「ほっかいどう元気びと」にこれまで出てくださった本をテーマに活動する人達の存在を思い出すのだ。北海道の文学・文芸を痩せさせてはならぬと出版社を立ち上げた人、奮闘する地方の書店の店主、地方に書店を誘致しようと仲間と奔走した女性、絵本という心の財産を分かち合いたいと地道に活動している人達・・・。彼ら彼女らはきっぱりと言う。「文化への思いは損得勘定ではないのです」と。そうして爽やかに笑う。「やっていることは全然儲かりませんけどね」と。

荒井宏明さん 今回の「ほっかいどう元気びと」にお招きしたのもやはりそんなひとり。一般社団法人「北海道ブックシェアリング」の代表理事を務める荒井宏明さん 53歳。読書環境の整わない地方に本を届けるなど本にまつわる様々なプロジェクトに尽力する日々の中、込める思いと原動力を伺った。
  荒井さん達有志がこの活動を始めたのは2008年のこと。北海道の読書環境が全国のワーストレベルなのを知り、一般家庭や企業で読み終えた本を学校や保育園、病院などへ提供して再活用して貰えるようにしたり、講演会や講習会を開催したりと幾つかのプロジェクトを立ち上げて取り組んできたとのこと。今年度は2年計画での社会実験として、書店の無い町に移動販売車で訪れる「走る本屋さん事業」をスタートさせたが、これは道内のおよそ3分の一である50の市町村が書店が一軒も無い「無書店自治体」であるという事実に関し、なんとか解決の糸口が無いかということを地域の人達と一緒に考えてみようという“実験”なのだという。実際に本を携えて地方に出向くことで、地元の人と会い、話が出来、そこから何らかの動きが始まっていってほしいという願いも込めた実験なのだと。
 その他にも、道内のみならず東日本大震災被災地へも出向き、図書施設の整備や復興にも力を注ぐなど、本にまつわることで「困っている」ところへ広く「行く」という活動を通して“社会実験”を繰り広げているが、待ち受ける書店形式としてユニークなのが、荒井さんが江別市の大麻銀座商店街で今年2月から開店している「実験書店ブックバード」という本屋さん。あえて、“シャッター街”と呼ばれる場所で、あえて、“人文科学の本”を専門に扱うという実験を掲げて、「ブックシェアリング」の活動を終える18時からお店を開けているとのこと。人文科学の書籍というと、哲学・教育学・宗教学・心理学といった分野で、書店が棚を狭める場合に真っ先に削られるジャンルなのだそう。一般書店では、経済や流行の小説などは残してこうした人文関係を減らす方向にあるので、あえてその方面を強化したいのですと荒井さんは淡々と話す。そして、「まあ、儲かりませんけどね」とぽろりとこぼす。とても爽やかに、凜として笑いながら。

荒井宏明さん 収録後の「あなたの宝ものは何ですか?」の問いかけに対して荒井さんは、「高いモノを買った記憶は無いので・・・心理的なことで言えば、“その時々でベストを尽くす”ということです」という答えだったが、この時の答えの中に気骨ある表現がいくつも含まれていた。
 実際にご紹介したナレーションをここに記そう。
 <・・・「その場しのぎをしない。損してでも自分を恥じないほうをとるということ。年を取ってきたから挽回するチャンスがこの先あまり無いからだと思います」と荒井さんは笑いますが、その場その場が最後のチャンスと思って、恥じない対応をしようと、35歳を過ぎたあたりから思い定めてきたのだそうです。そして、「死ぬ時に持っていけるのは記憶だけ。その記憶が自分の恥じないものであれば、悪くない人生なのかなと思います」と続け、「悪くない人生だったと振り返る一瞬のために毎日しっかりと生きようという感じです」と、大切にしている思いを表現してくれます。「本を読むということは生き方を考えるきっかけにもなりますね」と問いかけると、「人間の器はそう簡単には大きくならないけれど、気持ちの器は若干大きくすることが出来る。考えの幅を広くすると、気持ちに伸びしろが出来て生きやすくなりますからね」と、生きづらいと言われる世の中でベストを尽くす方法が言葉になっていきます。>

 “何が大切か”という普遍の言葉に触れてエネルギーをチャージさせて貰ったようなインタビューを終えた後、「あなたにとって本とは?」という質問を自分にしてみる。勿論、知識や楽しみ、感動を与えてくれるものとして欠かせないものだが、改めて言語化してみると「自分の本質が求めているものを掬(すく)い上げてくれるものではないか」と、そんな表現が浮かんでくる。生涯で出会うその一冊一冊は必然的に出会わせて貰っているのではないかとも感じている。求めよ、さらば与えられん・・・のように、心の奥底が望むものがその時々に必要な本を引き寄せていると。本屋をふらっと歩いていて偶然手にした本の中にちょうどその時探していた答えが書かれていたなどというのはそういうことなのであり、一生に出会う本は自分が選んでいるようでいて実は予め決められている・・・などと荒唐無稽なことをイメージしてしまうのだ。そんなふうにして手にした本が何をもたらすか?それは“生きる意味”にどんどん気づいていくということ。荒井さんが言うように、気持ちの伸びしろのおかげで生き方が楽になっていくということ。だから、書店や図書館といった“自分自身と繋がる場”、ふらっと入って“自分を待っていてくれる本と出会う大切な場”は無くしてはならないのだ・・・と思う。

 「元気びと」達とお話ししていると、不安が渦巻く世の中であっても、1ミリでも他者を地域を幸せにしたいと自分の役割に心を込める人達でこの世は出来ているのだと熱い気持ちになり、伝える私の中にも力が湧いてくる。
 新しい年はどんなことに出会えるだろう・・・。ラジオをお聴きの皆さんと、さらに大切なことを共有していきたいと思っている。

(インタビュー後記 村井裕子)

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