11月20日放送

 世界が何やら急速に変わって来ている・・・というか、変わりつつあったのだなとここにきて改めて感じている。社会を取り巻く情勢や方向性、物言わぬ多数派が求めていたものが一日にして浮き彫りになり、複雑に捻れたリボンは一体何をどう結ぼうとしているのか、単純に紐解けない心地悪さに襲われる。こんな時宙を舞うのは、混沌とか混迷とか激動など字画の多い単語や、先行き不透明に思考停止などという分かったようで分からない言葉。ムードに流されて、もっと大きな何かに流されたりしないようにと気を引き締める。
 そういう時は、目の前の事実をしっかり知ろうとすることだけでなく、「変わらないもの」を俯瞰してみることもしなくてはと思う。自然とか、宇宙とか、人が生きる上でほんとうに大切なことは何か・・・とか。いや、そんな大きなものじゃなくても、空気が澄み切っているとか、風が変わったなと感じる心とか。そうやって大きなものの中で気持ちの水平を保っておけば、大事なことを見失わずに目の前のやるべきことが変わらずに出来るのではと思う。
 そして、もう1つ忘れてはいけないのが、気持ちを保つ容れ物としての“身体”への意識。自己の身体をしっかり管理し、体調を支え、心を支えることが出来ていれば、外側でいろいろなことが起こってもなんとかなる。うねるように時代が変わりつつあるが、この先もっともっと、心と身体で作られている自己をきちんと立たせることが求められていくだろう。
 では、どうやって日々の中で身体を整えていくのか? 付け焼き刃的な健康ブームに流されることなく、今身体は何を求めているのだろうと内なる“声”を聞いてその都度対応出来る自分をどう作っていくのか?・・・
 今回の「ほっかいどう元気びと」で、それは、身体のメカニズムを知る専門家達の知恵を素直に借りることかもしれないと、ちょっとした気づきをいただいた。私達はけっしてイチロー選手にも高梨沙羅選手にもなることは出来ないが、彼らの意識と行動に習おうとすることは出来る。何と言っても、これからの超高齢化社会、個人の身体をどうするかは個々に託された大きな問題になってくるであろうから。

寒川美奈さん お客様は、北大大学院保健科学研究院の准教授で理学療法士、スポーツ選手の身体をサポートする専門家として活躍する寒川美奈さん 47歳。今年夏のリオデジャネイロオリンピックでは、本部メディカルトレーナーとして選手達に帯同し、体調の微調整や精神面でのフォローを通して競技のパフォーマンスを陰で支えた存在だ。
 もともと理学療法士としてスポーツ整形外科で働いていた寒川さんだが、その頃、90年代当時は日本で「スポーツ理学療法」の学びはまだ確立されておらず、もっときちんと専門的に身につけようとカナダの大学に留学したのだそう。帰国後に北大に勤務。アスレティックトレーナーの資格も取得して、モーグル日本チームのトレーナーに就任し、冬のオリンピックではトリノ、バンクーバー、そして、本部メディカルトレーナーとしてソチオリンピックにも帯同している。ご自身も高校までアルペンスキーの選手だったが、当時はケガをした友人達が競技に復帰できずにやめていく姿を数多く見て、何とか出来ないものだろうかと感じていたことが理学療法士を目指すきっかけになったのだという。
 現在は、スポーツ選手達のケガからの復帰のサポートは勿論、大学で理学療法士を目指す学生達の指導に当たっているとのことだが、寒川さんがもうひとつ力を入れているのが、一般の人達に伝えていく活動なのだそう。メディカルカフェなどを通じて、「自分の身体を自分で理解するために出来ること」といった健康作りのプロモーションや、実際に身体を動かして貰う健康教室なども各地に出向いて開催しているのだという。スポーツ選手は自分の身体に対して感覚が研ぎ澄まされている。身体の痛みがどこから来て、どこをほぐしたら治るかなど、コントロール法を身につけている。そういう不調の気づき方や自分でケアをする方法を専門家として一般に伝えるという役割だ。
 寒川さんは、「中高年の方々は勿論、出産による体調変化で悩んでいるお母さん達にも自分で出来る方法をお伝えし、広い年代で健康を維持していただきたい」と言う。ご自身も出産を経験し、産後の不調に悩んだこともあって、これまでの専門の知識に実際の経験、その時に体験したヨガの効用なども含めて役立てて貰いたいと話す。出産、そして、中年~高齢と身体は続いていくので早いうちから身体への意識を持って欲しいのだそうだ。

寒川美奈さん 身体が快調だと気持ちも晴れ晴れする。だが、運動を習慣化するというのは簡単ではない。これまで運動してこなかった人達でも気軽に出来るようなごく簡単な体操や「ながら体操」などを提唱しているそうだが、収録後の「あなたの宝ものは何ですか?」の問いかけで寒川さんのちょっとした悩みと優しさが感じられるエピソードを聞かせていただいた。
 宝ものは「家族」。9歳と5歳の男のお子さんのお母さんである寒川さん。子育ては、この仕事を応援してくれているご主人とふたりで奮闘しているそうだが、時々小樽からお母さんが来てくれるのだそう。本当に助かっているのだと感謝の思いをこう口にする。
 「やんちゃなふたりの男の子の世話は大変。面倒を見てくれる母親の健康を今は一番大事に思っています」。
 膝が痛いと言う母親を気遣い軽い運動を勧めるそうだが、「自分は運動なんてしないでここまで来たから」と、トレーナーである娘さんの助言をなかなか聞いてくれないとのことで、「一番変えたい人を変えられないのが悩みの種です」と苦笑い。そして、実は、そういう“運動は苦手、億劫でやらない”という人を導いていくのが、一般の人達の場合でも大事なことなのだと理学療法士の顔に戻っていくつかの工夫を語る。
  導くためには「共感」の感情も欠かせないので、地域の中、“みんなで運動出来る場”を作ることも大事と言い、「ひとりではやる気が出ないという人も、お喋りなどしながら身体を動かすコツを掴んで貰って、家でも“ながら”でいいので続けて貰いたいのです」と続ける。けっして無理強いはせず、柔らかく、優しく、「こんなふうにやってみませんか?」と促していくのが寒川さん流だ。ちなみに、“みんなで方式”が功を奏するのは女性が圧倒的に多く、中高年の女性達はひとりよりも誰かと体操をしたほうが楽しいと外に出てきてくれるそうだが、おしなべて男性の腰が重いのだとか。男性は1対1のほうが気が楽のようで、そのための工夫もいろいろ考えたいと、優しく語るのだった。

 自己の管理は本来自分しかいないのはわかっているものの、“自分で意識を高めて身体の声を聞き、日々自己管理する”ことのいかに難しいことか。時間が無いなどと言いながら実行がまた難しくなっていく。でも・・・難しくしているのも自分なのだと、寒川さんの「出来ることを出来る時に」という緩やかな促し方を聞いていて腑に落ちる。「ジムに行かなければ」とか「疲れるまで運動しないと効果が無いのでは」とか「週にこれぐらいはやらなければ」など最初からハードルを勝手に上げて、結局は、「忙しいから出来ない」とやらない言い訳を自分で選択しているだけなのだ。
 もっと日々の中でやれることをやろうと思い立ち、帰り際に訊いてみる。「背中や肩の痛みにはどんな体操を?」と。身体の専門家はどんな局所的なハイテクニックを持っているのかと興味津々で。ところが、あにはからんや、寒川さんの答えは、明快なたった一言だった。
 「歩いてみてはいかがでしょう?」
 「OH!」・・・一瞬で納得。そうかそうか、不調があったら「歩く」「歩いて整える」。人類は歩くように出来ているのだ。基本中の基本。普段、あまりに聞き慣れていて「わかってます」と思っていた健康増進法だが、改めて目から鱗の新鮮な“身体の痛み解消法”だった。
 まずは、頭を空っぽにして歩いてみるとするか・・・。やはり、何事も「自然」に戻ること、俯瞰してみることが大事。そうやって風に吹かれているうちに、複雑な問いへの答えも見えてくるかもしれない。

(インタビュー後記 村井裕子)

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