9月4日放送

 「言葉」というのはいろいろな役目を果たす。
 伝達手段にも、考察のための道具にもなるのは勿論、人が今より更に成長するため、或いは目標とする何かに向かっていくための「足掛かり」のような役割を果たすこともある。アスリートが紙に書いて目の前に貼っておくような「努力はあなたを裏切らない」だとか、「夜明けの前が一番暗い」などと力強く昇って行く為の言葉もあれば、誰かが掛けてくれた「あなたには、あなたにしかない良さがある」という言葉を抱えてゆっくり次への一歩を踏み出す人もいるかもしれない。イメージとしては「言葉の梯子(はしご)」だ。
 そんな、自分をステップアップさせる言葉は、本の中から貰ったり、誰かが贈ってくれたりすることで獲得することが出来るが、更なる面白さは、自分の内側で言葉を熟成させ、掘り下げ、綴る中から、自分自身を支える自分の「言葉の梯子」を組み立てていくことかもしれない。詩を書いたり、小説やエッセイに取り組んでみたりすることもそんな発見に繋がるのではないか。「自分」の中から抽出した言葉によって、自分が励まされ、勇気付けられることは確かにある。5年半書き続けているこのインタビュー後記も、気づくと自分自身への「言葉の梯子」にもなっていて、以前書いたものに自分が励まされるような気持ちになることもある。「自分で組み立てた梯子」なのに、忘れた頃にふいに見つけて、また、よいしょっと屋根の上に上がれる感じ。言葉の力というのはほんとうに不思議なものだ。

瀬戸優理子さん 秋の気配も漂い始めた9月最初の「ほっかいどう元気びと」は、南幌町在住の俳人 瀬戸優理子さん 44歳。自由なセンスの俳句にはファンも多く、去年の「現代俳句新人賞」を道内在住者として21年ぶりに受賞している。毎日の暮らしの中で句作に取り組む人は、「言葉」とどう向き合っているのだろう。「五七五」の世界の中に見えなかった自分を見つけたり、引き出した言葉に支えられたりすることもあるのだろうか。興味深くお話を伺った。
 主婦であり、ふたりの男の子のお母さんでもある瀬戸さん。毎日の生活の中の夫や子供との会話や季節の変化などから俳句の「種」を見つけ、一日一句はなるべく作って俳句仲間とパソコンを通してやり取りをしているというが、その、俳句を日々詠むということについての瀬戸さんの表現が素敵だ。
 「俳句を作るということは、ごくごく日常の中のいろいろなことがきっかけとなり、触発となって、自分の引き出しが開いていくようなもの」
 意識していないと日常は過ぎ去ってしまう。そういう過ぎ行く時間を刻んでおくものだと。そして、何かもやもやとしたものをそのままにしておかずに、思いを書きとめれば、自分の「核」のようなものを探して、探して、つかみ取ることが出来ると、17音との格闘によってその時々の自分と向き合える面白さを語る。
 恋や仕事で悩んだり、迷ったり、舞い上がったりする20代を経て、結婚や出産、子離れという人生の変化の大きい女性だからこその感性。それを流さず大事にしたいという思いで言葉を紡いでいるという日常が伝わってくる。
 俳句は、季語を必ず使い、季節のうつろいの中に心情などを込めるもの。感動を呼びやすい子供のことや恋愛など個人的なことを詠んでも共感は得られにくいとされてきたそうだが、瀬戸さんの俳句に私が感じた印象は、短歌のよう。さりげない日々の中で、詠み手の表情や周りの人間関係の温度のようなものも伝わってくる句が新鮮だ。
 仲直りしたくておでん温める
 夫けなす私と義母の胡瓜もみ
 ・・・そんな句もありますねと投げかけると、それらはそのまま解釈していただければと笑い、その時々の生活や関心事を詠みたいので恋愛も結婚も自由に表現してきましたと、ご自身の人生とのびやかな句作との「伴走」を明るく語る。

瀬戸優理子さん 6度目の挑戦で受賞した「現代俳句新人賞」は、『微熱』という題名の30句。自分の気持ちをストレートに表現しすぎてはいけない俳句とはいえ、「少し体温みたいなもの」を込めたかったという思いで付けたという『微熱』。どの句が改心の作ですか?と伺うと、どれも好きですと答えながら幾つか挙げてくれる。
 シリウスを心臓として生まれけり
 日記買う同じ袋に明日のパン
 夏シャツの乳房で伸ばす畳み皺
 ・・・「日記買う・・・」は私も好きですと共感を伝える。毎日毎日やってくる明日のためにパンを買う。その「食糧」と同じ袋の中に同じように入っている日記というのがとてもいいなあと思う。そう、パンも日記も「糧」だ。「糧」には「食物」という意味の他に「精神・生活の活力の源泉。豊かにし、また力づけるもの」という意味もある。深いなあ、パンと日記。
 そして、もうひとつ、北海道らしい句が、
 天命を拝受ダイヤモンドダスト
 ・・・「ダイヤモンドダスト」という長い語が季語というのも面白いですねと訊くと、本州生まれの瀬戸さん、南幌町で見たダイヤモンドダストに感激したので詠んだのだそうだ。
 北海道に住む喜びをふと思い出す。きりりと気温の下がった日に、「天命を拝受」という言葉を呟いてみたら何か「言霊」が降りてきそうな思いがして、寒い季節が恋しくなる。

 言葉はやはり面白い。詠み手が組み立てた17文字で、季節の匂いや肌感覚、暮らしへの思い、自分にとっての誰かへの気持ちが一瞬にして蘇る。自分の中の引き出しも開く感じ。
 瀬戸さんは、作り手の自由な感覚を大事にしていいということを何度も話されていたが、俳句を鑑賞する時も「自由に読み取っていいんです」と、解釈は何通りあってもいいという読み手の側の自由さも強調する。季語ひとつひとつの背景にある言葉の属性を知るともっと深い読み方が出来てくるというが、「17文字の世界」の余白は、読み手の感性で埋めていっていいのだと。

 このインタビュー後記は、インタビューで話していただいた「思いが込められた言葉」を拾い上げ、同時に、私の「引き出し」の中の思いと組み合わせてまとめているが、読んでくださっている方々は、それぞれの経験から感じたり考えたりしていることを加えて、個々の世界の中で膨らませてくださっているのだなと思う。言葉を発信する「書く」ということは、「読む」側の人との共同作業。そこに共有や触発が生まれることが喜びだ。
 私にとってここで書くということは、自分自身の「言葉の梯子」を見つける大事な作業だが、読んでくださっている方のささやかな足掛かりになれたらと改めて思う。今、それぞれが立ち向かっている壁などを昇るための、「あってよかった」と思える梯子に。
 人が生きていく上で、「言葉」は欠かせない。自己でそれを拾い集め、組み立て、深めていかないと、どこにも進めない。益々そんな言葉の大切さを実感している。

(インタビュー後記 村井裕子)

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