8月7日放送

鈴木麻衣子さん 8月の「ほっかいどう元気びと」は、2週に渡って「戦争と平和」をテーマに向き合う人、活動する人にお話を伺う。
 おひとり目は、札幌でヒグマのいる自然をモチーフにボールペン画を描いている鈴木麻衣子さん。鈴木さんは、戦後70年の去年、一冊の絵本を手がけた。かりん舎発行の「ぼく生きたかったよ・・・~くまのおやこ ニコーとリコー~」。第二次世界大戦のさなかに、全国の動物園でゾウやクマなどの猛獣が危険回避のために殺処分された出来事を忘れてはいけないと、札幌の三上右近さんがその事実を調査。京都市動物園で殺されたアカグマの母子のことを絵と文にしてほしいと鈴木さんに依頼し、70年目の終戦記念日に発行された。多くの人の共感を呼び、手から手へと渡され読み継がれ、今年、「第18回みつばち文庫寄贈図書」にも選定されて2200校の小学校などに配られている。
 32歳の鈴木さんがこの一冊にどんな思いを込めたのか、今後、何を伝えていきたいのかを伺った。

 「ぼく生きたかったよ・・・~くまのおやこ ニコーとリコー~」は、おじいさんと幼い孫が話をしている様子から始まるほのぼのとしたタッチの絵本だが、動物園で飼育員をしていたおじいさんが語って聞かせる内容は、第二次世界大戦中、もし動物園の界隈に空襲があれば猛獣が逃げ出して危険だからとの命令により、自分達の手でアカグマの母子を殺さなければならなかったという辛く悲しい出来事。やむを得ず鉄砲で2頭を殺すのだが・・・。
 緻密にボールペンで描かれたアカグマの表情が切ない。悲しみと辛さと、そして、「なぜ?」と問いかけているような深い眼差しが胸に迫る。
 鈴木さんにこの絵本を描くことになった経緯を訊ねると、博物館で剥製を前にヒグマの絵をカリカリと描いていた鈴木さんと、戦争中に全国で行われた動物園での猛獣殺処分を調べていた三上右近さんがたまたま出会い、鈴木さんの個展に三上さんが足を運んだりする中で、絵本を作る話が進んでいったのだそう。最初は、若い自分にはあまりに荷が重すぎて断ったのだそうだが、この事実を伝えなくてはいけない、「かわいそうなぞう」(※児童文学作家・土家由岐雄によるノンフィクション童話)のように読み継がれる物語に自分も関わりたいという思いで引き受けたとのこと。殺されるクマの気持ち、手をかけて世話をしていたのに殺さなくてはならなくなった人達の思いを想像して描くということはほんとうに大変な作業だったようで、「何も食べられなかったクマの母子を思って、描いている間はあまり食事をとらなかった」と、戦争の悲劇というテーマに細い身体で渾身万力取り組んだ一途さが伝わってくる。
 日頃、ヒグマをテーマに描き続けているだけに、いきもののいのちが戦時下の命令によって無きものにされるという事実にはいたたまれないものがあったようだが、三上右近さんが絵本の解説で初代上野動物園園長の言葉「Zoo is the Peace」を引用していたように、「動物園は平和の象徴であり、動物園があり続けることが、その国が平和だという証(あかし)なのだ」ということを伝え続けることが大事と思ったと話し、そして、その時の心境をこう続ける。
 「それは想像することしか出来ないけれど、その処分が行われている真っ只中で、明日、自分が自分の担当している動物を殺さなくてはいけないという飼育員さんが、もし、檻の前で夕日などを眺めていたら、ほんとうにこんなことをしなくていい平和な国に生きたいと思っていただろうなと、そんな心情を思うと・・・それが込められたらと思いました」
 その後、多くの人達の手で広がりをみせていることがほんとうにありがたいと、一言一言噛みしめるように話してくれた。

鈴木麻衣子さん 鈴木さんの普段のボールペン画は、モチーフが野山のヒグマと植物、その他の沢山のいきもの。仕事の休みの日に自宅の裏山へ画板を持ってスケッチに行くのだそうだが、勿論、ヒグマを写生することが目的ではなく、「きっとこの道は熊が通っている」と、想像を膨らませて描くのだという。万が一遭遇しても危なくないようにラジオを持って行ったり、情報をちゃんと調べていたりと細心の注意を払いつつ。
 なぜ、絵のテーマがヒグマなのかを訊いてみると、その「魅力」についてはこんな答えが。
 「朝起きて、山を見るだけで、ほんとうに毎日色も変わってきますし、そんな中、いろんな虫や植物が生きていて、そして、まだ歩いているところは見たことがないヒグマといういきものが歩いているんだなと想像すると、自分の住んでいる場所というのがいつまでも魅力的に思えてきます」
 その存在はものすごく貴重なのだと気づき、すぐそばにそういう自然の力があるのに表さないのは勿体ないと思って日々描いているとのこと。
 これは、収録後の「あなたの宝ものはなんですか?」の問いかけに対して、「そんな私のありのままの生き方を肯定してくれる家族と、絵を描ける地元の野山です」という答えともに出てきたエピソードなのだが、専門学校の3年間、東京で暮らした鈴木さんは、離れてみて初めてそんな北海道の良さに気づき、地元に帰ってから自然を描く絵の力が弱らないようにと、東京の小さな自然を探して、足元の落ち葉や樹の根っこ、みのむしなどをスケッチし続けていたのだそう。「感覚力をなくしてしまわないように」と。
 そうやって北海道に戻り、思いをぎゅっと込めて想像力を膨らませ、「ヒグマのいる野山」をコツコツ描き続けていたからこそ、そこに繋がる出会いを引き寄せたのだろうと思うし、そういう出会いがこの先もきっとある人なのだろうなと感じられた。

 この大地の地続きの山の中には沢山のいきもの達のための場所があり、素のままの人間が到底敵わないヒグマも生息しているのだということを想像することは大事だ。ヒトが自然に対して傲慢になりすぎないように畏敬の念を改めるきっかけになるからだと思うのだが、先日、テレビからのある発言に耳を疑った。
 「熊って、今、なにか必要なの?」
 何人ものコメンテーターがテーマに沿って意見を闘わせる番組。東北で山菜採りの人がツキノワグマに襲われたことについて議論がなされ、共存か何らかの駆除か・・・結論を出すのは大変に難しく意見が伯仲した後に1人のコメンテーターが言ったのがその言葉だった。スタジオには爆笑が起こり、コーナーは終了。驚きは不思議さと心地悪さに変わる。沢山のことを学ばれ専門もお待ちの方であろう。なのに、クマが生きる自然の恵みがあるからこそ人間も生かされてきたということに思いを馳せたことはなかったのだろうか。どれだけ人間が自然やいきものを破壊すれば気が済むのだろう。・・・
 これは私の勝手な感覚だが、「“人間にとって”必要かどうか」という“ものさし”の根っこは、「戦争中、動物園の動物が逃げ出すと危険だから処分しよう」という発想に深いところで繋がるのではないか。そして、もっとさらに、他の国に何らかの脅威を感じた時に、「我が国にとってそれは必要な国の、必要な人達なのか」という考えにも転がっていったりするのではないか・・・そんな気がしてならないのだ。そして、誰かが決めてしまう「要るか要らないか」に違和感を感じなくなってしまう空気がこわい。
 私たちが普通に生活している中にも自然との繋がりを想像したいからと日々の絵の中にヒグマを描いているという鈴木さんの思いに共感しながら、そんなことがぐるぐる頭の中をめぐっていた。 

(インタビュー後記 村井裕子)

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