7月31日放送

稲垣真紀さん 「ほっかいどう元気びと」、7月最後にお迎えしたのは、認定NPO法人「HOKKAIDO しっぽの会」代表理事を務める長沼町在住の稲垣真紀さん 56歳。
 北海道内の自治体から行政殺処分される犬や猫を引き取り、新しい飼い主を探す取り組みを仲間達やボランティアの人達と続けているとのこと。生きものの命と向き合うということは、生半可な思い付きで出来るものではないだろう。その取り組みの原動力を聞かせていただいた。

 稲垣さんは、「犬や猫が可哀想で可哀想で・・・」という“ウエット”な印象ではなく、「困っている犬や猫に黙っていられない!」といった、どちらかというと“ドライ”な印象の人。さらに言うと、「北海道女性」の逞しさに溢れている。
 元々は大の動物好き。とはいえ、保護活動となると本来は苦手としていたとご自身が言う人との関わり合いも多く、大変なことを始めてしまったとスタート当初は感じていたと語るが、動物のためならどんなに大変なことでも頑張れるし、動物のためなら人に頭も下げられると豪快に笑う。
 活動を開始したのは今から10年以上も前。男の子3人を育てながら、「何か生きもののために出来る事はないだろうか」と考えていたという。自宅でシベリアンハスキーを飼い、ブリーダーも手がけるが、観光牧場で働いていた時に捨てられる犬や猫の多さに心を痛め、「動物を売る」よりも、「自分がしたいことは、救うこと」だと思い、保護活動に本腰を入れるようになったという。そのために、2002年には長沼町に荒れ地として残っていた土地を手に入れて家族とともに移住。2005年には任意団体を作り、2010年、NPO法人を取得。13年には「認定NPO法人 HOKKAIDO しっぽの会」として北海道の認定を受け、今に至るという。
 現状をお訊きすると、札幌市では、犬に関しての殺処分はこの2年ほどゼロになっているとのこと。行政殺処分される犬や猫を引き取るという稲垣さんのような民間の受け皿としての活動の成果であり、また、その手前で救おうと活動する地域の心ある人達の見えない尽力もあり、自治体としても市民に譲渡をする仕組み作りを定着させてきたことも大きな要因であるらしい。当然、世の中の動物に対する意識もここ10年ほどでずいぶん高くなり、小さな命をむやみに殺さないでという地域住民の声の高まりも後押ししてきたのだという。
 「現在の活動は、札幌から地方へ移っています、道内各地の地方自治体へ問い合わせて、保護されている犬や猫を引き取る活動に力を入れています」と稲垣さん。地方の捨て犬捨て猫事情はまだまだなのだそうだ。スタッフ、ボランティアが手分けして調査し、道内各地へ行き、行政殺処分をさせないために長沼の“保護シェルター”へ引き取って来るのだそう。

稲垣真紀さん なぜこの活動を続けて来られたのか?
 それはもう、ただ、ただ、動物が好きだからしかないとカラカラ笑うが、始めはひとりで思い立った活動だったけれど、動いているうちに、こんなに同じ気持ちの人がいたの?と、動物を救いたいと思っている人の多さに驚き、その人達にも後押しして貰ったことも大きかったかもしれないとスタート地点を振り返りながら語る。子供時代は、周りに動物の好きな人がいなくて「ヘンな子」と思われていたが、今は、気づいてみたら周りにそういう人達ばっかり。こんなに“私みたいな人”がいたんだ。ああ、私は“ヘンな子”じゃなかったんだって思いましたと、個である「私」の活動から「私達」への活動へと変わってきた喜びも伝わってくる。
 そんな、稲垣さんからもう充分「生き方」は溢れ出ているが、あえて訊いてみる。
 「この取り組みを通して、こんな生き方をしていきたいと気づいたことはありますか?」
 稲垣さんは即答だ。
 「こういう民間の保護活動は寄付で支えられることも多い。それで間違った方向に行ってしまう人達もいる。私達は“自分が何のためにやっているのか”、その初心を絶対に忘れてはいけないと思っています」
 「絶対に」のトーンがぐんと上がって、稲垣さんの気概がまっすぐに伝わる。
 「小さな命」に対して、大人が真剣に、ごまかさずに向き合う姿は、次の時代を生きる人達にもちゃんと伝わるはず。そして、こういう人がいてくれてほんとうに良かったと、犬好きの一員である私は個人的にも感謝の気持ちでいっぱいだった。

 以前にも書いたが、我が家でも「飼育放棄」された犬を縁あって家族の一員に迎え入れたことがある。その大型犬は6歳の時に放棄され、そこから10年間、私達と共に生きた。引き取った当初はガリガリに痩せて、お腹も壊し、分離不安症でパニックになるという悲惨さ。置き去りにされた日々の恐怖はどれ程だったろう・・・。目は三角に尖り、体中から何か“黒いもの”が漂っていた。始めの1年ほどは心身共にあまりにもダメージが大きく、長くは生きられないのではと思ったが、ご飯と安心と愛情の力は強い。次第に、目からは幸せオーラが漂い、大きな身体でべったり甘えることを覚え、16歳という驚異の年齢まで丈夫に暮らし、そして、2年前、静かに私達の腕の中で逝った。
 犬にとっての安住の地は慣れ親しんだ家族のいる家だ。転々と回されるほど辛いことは無い。夫婦共々、「どんなに大変でも、絶対に“たらい回し”はしない」と覚悟を決めてのスタートだったが、次第にそんな悲壮な決心も忘れるほど無くてはならない家族の一員となり、老犬介護の日々ですら沢山の喜びをくれた。しぐさも性格も全てが愛おしく、言葉が無くても通じ合える存在に死が訪れるということはやはり辛いことだったが、「死んでいたかもしれない命が、もう一度生まれ変わって10年生きた」という安堵は喪失の悲しみを超えていた。
 私達ほど犬好きはいないのではないかと思うほど特に夫の世話はパーフェクトで、優しく手厚い介護には頭が下がったが、そんな我が家でも年齢を考えると簡単には「次」を考えられない。最後まで飼う覚悟はあっても、現実が容赦なく降りかかることもあるからだ。たまたま悲惨な飼育放棄犬と携わった立場として、生きものを飼う人にはとにかく「最期まで」責任を持ってほしいと強く願うのだが、一方で、人生何が起こるかわからない、ある日突然、飼い続けることが難しい事態に遭遇することもあるのだろうと思う。「善」の気持ちがあってもそういう事態を避けられないことも実際にあるかもしれない。稲垣さんも、人間の高齢化も進む中、飼い主が何らかの事情で飼えなくなった後の仕組み作りもこれからはしていきたいと話されてたが、「その時どうするか」という飼い主側の事前の想定や世の中全体での何らかのセーフティーネット作りも今後の課題になってくるのではと感じた。万が一、大災害が起こった時の救助シミュレーションとしても。
 犬や猫と暮らすと、彼らは驚くほど豊かな「感情」を持ち、透きとおった「魂」を持っていることを感じさせて貰える。たとえ悲しい境遇に置かれたとしても、稲垣さんに言わせると、「彼らはけっして飼い主を恨まない」、そんな健気さで出来ている。住民の生きものへの意識が高くなって来ている今、そのかけがえのない存在を悲惨な目に遭わせる「加害者」にならないような知恵を出し合うところに来ているのかもしれないと思う。
 「この世に生まれてきて、いらない命は無いです・・・」
 そう語る稲垣さんの言葉に、縁あって共に生き、沢山の愛をくれた犬の眼差しを思い出しながら、人も生きものもすべての命が幸せになる未来を念じた。

(インタビュー後記 村井裕子)

HBC TOPRadio TOP▲UP