7月17日放送

 笑うことはいいことだ・・・歳を重ねる毎にそう感じている。
  毎日を楽しい気持ちで過ごすためにはベースキャンプである家の中を笑いで充満させることが何より大事。これも歳とともにうまくなってきた。我が家はふたりしかいないので「笑い源」はふたつしかないが、ひとつボールが放たれると2つ3つと返したくなる性分は似ているので飽きずに笑っている。笑いのタネは取るに足りないことだらけ・・・例えば、テレビで誰かが盛んに「逆に言うと」と言ってるけど全然逆に言ってない違和感に反応し、さりげない会話にことさら「逆に言うと」を織り込んで遊んでみるとか、宮下奈都さんのエッセイを読んでいて、娘さんが「夏至の反対はなにか?という質問に一言『げせぬ!』と答えた」というエピソードを教えて笑いを伝染させるとか・・・全くもって他愛もない言葉遊びだ。
 私のなりたい理想は、「生きる意味は何ぞや」ということを真剣に深く掘り下げて内面の成熟を目指すことと、笑いのタネをキャッチするアンテナを磨いて「遊び心」度を上げること。そのふたつを両立する人でいたい。そして、逝く時には、「ずっと楽しかった」と言って退場していきたい。
 真面目な話、この世の中、そこに笑いがあればつまらないいざこざの何割かは解消できるケースがあるのではないかと思う。今回の「ほっかいどう元気びと」は、そんな明るい空気を届けようとアマチュアながら落語で人を楽しませる「笑いびと」をお迎えした。

中川校一さん 旭川で30年活動するアマチュア落語集団「旭笑長屋(きょくしょうながや)」の三代目大家である中川校一さん 66歳。集団名が「長屋」なので代表が「大家」。仲間達のことは「店子」と呼んでいるそう。現在、下は20代後半、上は70代後半という15人ほどのアマチュア落語家達をまとめながら中川さんも「ナナカマド紅丸」として高座に上がる。年に2回、市民文化会館などで一般の方々を前に寄席を開き(放送日の17日がまさにその「30周年記念寿芸無寄席」の日)、他にも高齢者施設や高齢者大学、出前寄席と称して呼ばれたところに出向いて行って笑いを届けることもあるいう。普段は電気工事会社の役員として仕事をし、出張の際の車の中が落語を覚える絶好の場所という中川さんに「落語」を通して豊かになった人生観は何かを伺った。

 中川さんのお話の中に終始出てきたのは、「仲間の存在」。月に一度の「寄り合い」が何よりも楽しいそうで、「男女の別、身分の別無く腹の底からみんな楽しんでいます」と、収録後の「宝もの」の問いかけの中でも、その「気のおけない仲間」の存在の大切さを語る。最近は落語研究会出身の若い人や女性も加わっているので、時には、「人情話」の中の笑わせどころはどこなのかと真面目に落語を語り合うこともあれば、その月に誕生日の人がいればバースデイパーティになることもあって、様々な年齢が仕事のこと以外で繋がれるのは貴重だとしみじみ語る。若い「店子」は、スカウトではなく、寄席を聞きに来て興味を持って訪ねて来る人が仲間になる場合が多いと言い、その場合も「まずは寄り合いに来てみて」と声をかけて皆に会わせるのだという。
 アマチュアとはいえ、「店子」になるとなれば、「見習い」から始めて練習を重ね、小規模の集まりなどで度胸を付け、一般にお披露目する初高座の日を迎えるのだそうで、中川さんが稽古を付けてきたお弟子さんもこの7月の「寿芸無寄席」でデビューなのだと嬉しそう。
中川校一さん 若い人達は落語に取り組むことで何が変わっていくのでしょうと収録後の聞き取りでさらに訊くと、中川さん、一瞬、若手を育てる師匠の顔になり「落語をやっていくと、みんな優しい子になるね」と一言。心の中で「お~・・・」と唸る私。その一言に「落語」という簡単ではないものに仲間と取り組むことの意味が感じられ深く納得。そして、「ナナカマド紅丸師匠」はこう結んだ。
 「笑いがあるから、人は優しくなれるんだよ・・・」。
 何ごと10年・・・そして、積み重ねて30年。何かに取り組み、継続し、若い人に受け渡すという中で見えてくる機微があるのだと思う。
 勇退した後は、仲間数人とキャンピングカーで全国を回り、落語で笑って貰いたいというのが夢。その前段で、東日本大震災後の瓦礫処理のボランティアの際、避難所の体育館で落語を披露した後、「被災者のおばあちゃんが、着物たたんでやるよと手伝ってくれたことが嬉しくて・・・落語やっててよかった」と話していた中川さんの言葉が蘇り、落語の力をもっと噛み締めたいのだろうなあと、その夢の話をほのぼのとした気持ちで聞いたのだった。

 北海道、特に地方には「無いもの」が沢山あると言われている。最たるものは文化だ。歌舞伎とか能・狂言、そして落語など、生で鑑賞して醍醐味の得られるもの。でも、無いから残念・・・ではなく、アマチュアで取り組んでみるというのも地方の方法のひとつなのではないかとお話を伺っていて改めて思う。大事なのは、始めたら一生懸命に、そして、とにかく続けていくということか。その流れの中で地方ならでは、地方特有の「文化」が生まれることだってある。中川さんの話では、道内各地でアマチュア落語の集団が活動を続けているとのこと。笑いを共有することに一生懸命になっている大人達があちらこちらの空気を「あっためている」ということ自体が「地域力」なのだと感じた。

 人は生きていれば悲しいことや辛いこと、切ないことや悔しいことにも見舞われる。歳を重ねる毎に心の中にポッカリ空いた穴が増えていく。その穴を埋めることは難しいが、何かで満たすことは出来る。その役割をするひとつが笑いだ。
 何かの本に書いていたが、大事なのは「人を笑う」のではなく、「人と笑う」こと。
 そして、人として素敵なのは、「自分が泣きたいほど辛い時でも、隣りの人にユーモア溢れる言葉をかけて元気づけることが出来る」こと。
 人生の悲しみと深く織り合わさっているものだからこそ、「笑い」も文化なのだと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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