6月19日放送

 「仕事と私」。話し方やコミュニケーションを学ぶ講座で、先日、受講生達に出したスピーチの宿題だ。そこから「仕事を通して学んだこと」や「仕事によって成長できたこと」など個々にテーマを絞り、その話の中の「最も伝えたい主題は何か」に着目し準備をしてきてくださいと伝え、一週間後に発表。10名程の参加者達は緊張の表情だったが、これが皆とてもいい話ばかり。仕事への姿勢を父親の勉強する姿から教えられたという人。人を蹴落とすような仕事をせざるを得ない職場での経験により嫌な自分も見てしまったが、その仕方を10年かけて変えてきて今があるという人。人生で一番時間を過ごすことになる仕事だから一番好きなことを選び、計算外のことでも面白いと思えれば起きている半分以上の時間が楽しめると話す人・・・などなど、「仕事」をキーワードに個々の経験から掘り起こした表現というのはこんなに真っ直ぐに届くのかとそれぞれがそれぞれの話に感動した。
 心に響いたのはなぜかと考えてみると、皆、道の途中で立ち止まったり悩んだり、迷いながらもとにかくいろんなことを考え前に進んできたのが伝わってきたということ、今の自分自身を少しでも変えようとする姿はやはり尊いのだということ。そして、その経験や思いをテクニック以上に「素直に話す」ことそのものが人の心を打つのだということ。人の中の深いところの感性の掘り起こしと共有が益々必要な時代になってゆくのではないかとここのところ常々考えていた私の思いを後押ししてくれたような時間だった。
 「ほっかいどう元気びと」で、ゲストの方の仕事や取り組みで気づいたことを紐解かせていただいているのも、ここを大事にしたいという思いだ。人の感性のゆらめき、躓きながら気づく大切なこと、弱さの中にこそ息づく強さ・・・それらは、「情報」ではなく「情緒」と言われるもの。言葉になりにくいものだけれど、あえて言葉にして届け続けることに意味があるのではと思っている。

沼山誠二さん 今回の「ほっかいどう元気びと」のゲストは、「この仕事は天職です」と語る「養鶏場」の経営者。千歳の有限会社「コッコ・コーポレーション」代表取締役の沼山誠二さん 52歳。親から継いだその家業を自分の代では量産よりも加工を工夫して付加価値を付けようと方向を定め、「こだわり玉子専門店 ファーム・ヌーボー」というお菓子部門もスタート。玉子の殻を容れ物にして卵黄だけを使った「ひよこプリン」が人気を集め、地元の玉子屋さんとして親しまれているという。家業をどうオリジナルなものに特化しようと工夫をされてきたのか、そこから気づいたことを聞かせていただいた。
 北大の農学部で農業経済学を学び、横浜の配合飼料会社で研修社員として2年働いて、玉子に取り組む基礎を固めた沼山さん。実家に戻って家業を手伝い始めたのが今から26年前とのことだが、千歳の周辺には養鶏場が多く、そのうち大手も数社ある中で考えたという。「玉子は相場の動きによって値段が左右される。安ければ採算が取れない。規模を大きくするつもりはない。うちは誰もまだ見たことのないこだわり玉子を手がけたい」と。学んだ知識と根っからの「研究好き」で様々なアイディアを試し、飼料に漢方薬の麦飯石を加えるなどの機能の高い玉子を作る一方で、皆が驚くような「玉子屋さんらしい」お菓子も考案。トライアンドエラーの繰り返しで失敗を重ねながらも、いつもワクワクしながら玉子の可能性を引き出してきたと沼山さんは言う。

沼山誠二さん 問いかけの一つ一つに柔和な笑顔で丁寧に答えるその表情に、「生きものである鶏も、こういう優しさに応えたくなるのかもしれない」と感じながらお話を伺ったが、仕事を続けていく中で誰しもいいことばかりがあるわけはない。この柔らかさをどんなふうに身につけて来られたのだろうと思いながら、収録後、「あなたの宝ものはなんですか?」の恒例質問をしてみる。沼山さんの「宝もの」は、「あきらめない気持ち」。自分の得意分野がここだと自分で線を引いてしまうのではなく、とにかくやってみようという気持ちが大事。チャレンジするのに無駄なものは何一つ無いわけで、出来ないと言っていることが無駄なことですよねと、仕事に向かう姿勢を表現する。そして、「元々からそういう考えでしたか?」と、どこから今の自分になったのかとの問いかけに、岐路に立たされた日々に自分自身を変えることが出来たきっかけを言葉にしてくれた。
 実は40歳位の時に壁に突き当たったのだと胸のうちを開いて語ってくれたことは、経営の方向がまだ自分の中で定まらずプレッシャーばかりが膨らんでいた中、心のありようを求めて沢山本を読んだということ。そんな中の一文「365日、自分のために働いてくれる人がいます」という表現に目が止まり、「それは誰でしょう?・・・それは自分です」というフレーズに出会ってハッと気づかされたのが、「車だって10年で廃車になったりするのに、40年も健康でいられたのは奇跡的なことなんだ。少しは感謝しなければ」ということ。それをきっかけにそれまで身体も顧みずに働いていたやり方を変え、休みも取り入れたこと。何よりも「心身共に元気でいられるという奇跡的なことにひとつひとつ感謝を持ち始めることで自分の進む方向が定まっていった」とのこと。そこから先は、自分がここにいるのはいろんな人のおかげと感謝し、それを口に出すことで謙虚でいられ、また人に助けられてきたと、ご自身で見つけた「法則」を話してくれた。
 仕事というのは、「今」より先は未知の領域。自分には力があるのか、人と上手くやっていけるのか、やっていることは喜んで貰えるのかなど不安が付きものだが、人にも物事にも真摯に向き合っていれば、たとえ苦しい出来事に見舞われてもそれをより良い糧に変えることが出来る。沼山さんはそのターニングポイントの気づきが「感謝をすること」だと力を込めた。生きていることそのものの不思議と、生かされていることへの感謝。すべてに「ありがたい」と心から思えることで使う言葉が変わり、行動が変わり、人生は好転する。そういうささやかな気づきひとつで確かに道は拓かれるのだと、私も信じている。

 前述の講座は、ちょうど沼山さんの収録が終わった日の夜のことだったが、不思議とこの日は共通キーワードで繋がっていた。講座の締め括りにそれぞれに一言話して貰う時間の中、受講生の60代の男性がこの講座に来てから意識して続けていることがあると話す。それは、「ありがとうと言うこと」。知り合いだけではなく売店で物を買った時もこちらから「ありがとう」。自分自身の何かがきっと変わっていくに違いないと思っている、と。もうひとりのやはり60代の男性が応える。「そう言えば、日本語で一番美しいのは『ありがとう』という言葉だと聞いたことがある」と。
 昼は「感謝への気づき」の大切さを聞き、夜は「ありがとう」を伝える美しさを聞く・・・。人と接し、言葉で思いを交わす仕事をしていて胸が温かいもので満たされるのはこんな時だ。今より更にもっと「ありがとう」の思いと言葉に溢れた世の中を思う。特に、中高年の男性が率先してそれを大切にする日常はなんて魅力的なことだろう。それは、どんな腕力の強い国々よりも、深いところで尊敬される「弱くて、強い国」になれるのではないかと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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