5月15日放送

 前々回と前回の「ほっかいどう元気びと」、分野は違うが、「成熟していく世の中の地域作り」という視点で共通しているとこのインタビュー後記で書いた。
  紋別にバラ園を造った岸山登茂子さんに、ニセコの「観光カリスマ」ロス・フィンドレーさん。モノに満たされることが幸せだった時代から「心の豊かさ」のためにどう知恵を絞っていくかが試される時代。それぞれのポジションでそんな意識を深めている人達が確かに増えているのが感じられる。

附柴彩子さん 今回お話を伺ったのは、札幌の手作り石鹸工房「株式会社 SAVON de SIESTA 」代表取締役社長 附柴彩子さん 38歳。アズキや白樺など道産原料を活かした石鹸やスキンケア商品を手がけるその取り組みからは北海道の「モノ作り」の可能性に加えて、やはり心豊かなライフスタイルのヒントが香ってくるようだった。
 附柴さんが趣味で石鹸を作り始めたのは北海道大学で化学を学んでいた頃。市販の石鹸で肌が荒れたことから自分で作ってみたところ、それまで好きだったお菓子作りと工程が似ていたことや、日々授業で行っている実験にも通じるところがありとても面白かったのだと言う。そうして出来た手作りの石鹸の「ほっとする」感じが自分にとって心地よかったのと、誰かにも届けたいという思いが今の「SAVON de SIESTA」に繋がっていったとのことだが、その後の附柴さん、大学院生の頃に1年休学し、卒業後に京都の製薬会社での勤務経験を経て大学時代を過ごした札幌に戻り、北海道発信の石鹸工房を立ち上げている。
 休学の時には、「自分の人生はこのまま進んでいいのか?」と自分と向き合ったそうで、「それまで乗っていた電車をちょっと降りてみよう」という気持ちで、ギャラリーのあるカフェでアルバイトを体験。大学では会えない人達に会い、いろんな生き方があるのだと気づいたと話す。自分らしく暮らせた大好きな札幌に心を残しながらも理数系を生かせる製薬会社に入社。札幌の転勤という選択肢もあったそうだがそれを待ちきれずに札幌に戻ってきたのは、製薬会社で薬事法を学んだおかげで手作り石鹸を商品化するノウハウが身に付いたことも大きかったそう。「会社員としての経験もすべてここに繋がっていました」と附柴さん。北海道への思いと石鹸作りへの思い、自分の生き方、そしてそれをビジネスにする準備の時間が合わさって、2005年に「SAVON de SIESTA」をオープン。道産原料の生産者達とも出会う中で、「ココロがほっとする手作り石鹸」を作り続けている。

附柴彩子さん 附柴さんが作るのは「モノ」なのだが、そこにはやはり、ご自身が紡いできた「ライフスタイル」という目に見えないメッセージが込められている。迷ったり悩んだりする中で「自分らしく生きるって何?」「心をほっとさせるために何が大事?」「快適な暮らしとはどういうもの?」といった答えを自分の中ではっきりさせながら、「誰かの心をほっとさせるために、私は何が出来るか」というベクトルに向かっていったのだろう。
 収録後に、「あなたが大切にしてきたコトやモノ・・・あなたの宝ものは何ですか?」と問いかけると、附柴さんは「私は大事なものがいっぱいあるんです」と「家族、子供、会社のスタッフ、そしてお客様・・・」と大好きな人達を挙げ、そしてこんな言葉を続ける。
 「私にとっての宝ものは、『そういう人達と過ごす時間』なのかもしれません」
 その人達と一緒にいい時間を作りたいと思ったら、こんなふうに過ごしてみようと暮らし方を考えたり、仕事のスタイルを考えたりすることがとても大事なのだと気づいた、と。
 附柴さんに質問を投げかけると沢山の気づきが素直な言葉でしっかりと出てくるので、「そんなふうに自分のやり方がしっかりと見えてきたのはいつ頃からですか?」と訊いてみると、笑いながらこう答える。
 「実はこの半年くらいでようやくなんです」
 附柴さんは今4歳の女の子のお母さん。この4年というもの、仕事と子育てで24時間全く余裕が無かったのが、ここに来て気分的にもゆとりが出来、「人との時間の大切さ」についても考えられるようになったのだそうだ。
 その「人との時間」で最近特に大事にしているのが夫婦で話す時間。夫の裕之さんとは北大の同級生同士で、それぞれ道外から大学入学で来道したという。「北大で学んだことを活かして自分達らしい北海道の仕事を立ち上げよう」との気概で、夫の裕之さんは大学発のベンチャー企業を立ち上げ、現在はふたりで「SAVON de SIESTA」に力を注いでいるとのこと。夫婦の間に子供が加わり、その子が成長するにつれ、より大事にしなければと思ったのがふたりで話す時間だったそうで、毎朝、会社で始業前に1時間程話をしているという。
 「夫婦は近くにいる割に知らないことも多い。お互いを知る努力をしなくては」と附柴さん。そういう朝のふたりだけの時間に、「自分達の暮らし方」「仕事の仕方」「これからどうなりたいか」を話す中で、気づくことが沢山あったという。
 「やはり、私は皆が笑顔になれる場所を作りたいという思いがそんな会話の中で確かになりました」と、附柴さんは大切な人と話す時間で得た「もうひとつの宝もの」を教えてくれた。
 前回のニセコのロス・フィンドレーさんが「宝ものはライフスタイル」と話していたように、「私はどんな暮らしがしたいのか」という自分のライフスタイルを個々に見つけ出していくことはやはり大切だ。そして、さらに、夫婦なりパートナーなり、「私達はどんな暮らしがしたいのか」という「私達」といった共同体のライフスタイルを確認し合うということもまた然りなのだ。そうすることで、「誰かのための私達」という人として成熟した力も掛け合わさりながら発揮出来るのではと思う。
 誰かの「ココロがほっとする暮らし」を思って石鹸を作る附柴さんご夫婦が新天地北海道でどのようにストーリーを作って来たのかも垣間見せて貰えた「宝もの」のやりとりだった。

 ほっとしたいと心が求める時、ささやかでもいいから毎日の暮らしの中でそんな瞬間を積み重ねたいと思うのが今の時代だ。経済が右肩上がりだった80年代のように消費でストレスを解消するとか贅沢な外食で心を満たすといった欲求よりも、住み慣れた部屋にいい香りがしていたり、一日の終わりにバスタイムの石鹸で癒やされたり、美味しい食材を家で調理してゆっくりいただいたり・・・そんなふうに何気ない毎日に心を豊かにする知恵を身に付けることのほうが自分らしいと気づき始めている人が少なくないのがこの時代。
 北海道のハーブや植物で丁寧に作られた石鹸というのも心豊かな日々の暮らしを彩るツールそのものだと思う。そして、その産地である北海道はどんな風景なのだろう、その森を歩くとどんな気持ちになるのだろう、いつか行ってみたい・・・。小さな石鹸の中には、道外に向けてそんな北海道の豊かなイメージを発信する役割も小さくない。
  取り組むジャンルはいろいろだが、「成熟した世の中の心の豊かさ」をキーワードにしながら、「私らしい」「私達らしい」もの作りや仕事、そしてライフスタイルをひとりひとりが究めていけば、さらに魅力に溢れた北海道が実現していくのだと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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