5月1日放送

 前回の「ほっかいどう元気びと」では、「にじ色こども食堂」の安田香織さんの取り組みをご紹介し、きっと同じように子供達の健全な育成や幸せを願って何かしたい人はいるはず・・・という思いをインタビュー後記にも書いたところ、ラジオを聴いたという人達から、「私も同じ気持ち」と熱く語る言葉を聞かせていただく機会があった。40代から60代、自分の人生を少しでも誰かのために役立たせたいと誠実に世の中に向き合っている素敵な女性達。「番組で『こども食堂』の存在を知り、行動を起こす安田さんは素晴らしいと思うだけではなく、自分が出来ることは何かを探し、出来る事から始めてみることが大事と気づいた」と感想を聞かせてくれた。そして、実際に、貧困でアパート家賃も払えずに困っていた知人学生の窮状を見かねて、「食事と寝床なら提供出来る」と数年間自分の子供達と一緒に寝起きさせたことがあるという体験を話してくれた人もいて、世の中には安田さんの思いと同じように「ご飯食べていきなさいよ」と声を掛け、誰かのひもじい思いを何とかしてあげたいと思っている人は少なくないということ、そして、そのように心が動いたり、改めて行動を考えるきっかけになったりした人が確実にいるということに、「放送で伝える」ことの意味を深く感じさせて貰った。
 人の中には何らかの「種」があり、それを発芽させるきっかけになり得るのが放送媒体。「ほっかいどう元気びと」は、「あの人がやっているのだから、私もやってみよう」という触媒になれるのかもしれない。勿論、人にはそれぞれ得意分野があり、分野もいろいろ。それぞれがそれぞれの強みを生かして何かの「係」になれればいい。

岸山登茂子さん 今回の「元気びと」は、ご自身が「私は美しいもの係」と話すように、バラ園を一から造りあげた人。紋別市にあるバラ園「美(み)はらしの丘 ローズガーデン」を運営するNPO法人「ロサ・ルゴサ」理事長の岸山登茂子(ともこ)さん 68歳。去年グランドオープンしたこのガーデンには9千平方メートルの敷地に初夏から秋にかけて百種類以上のバラが色鮮やかに咲き誇るとのことだが、そもそもは岸山さんがひとりで手掛け、そのうちに仲間が集まり、ひとつひとつが形になり夢が叶っていったとのこと。岸山さんは、始めてみたら何とかなっていっただけですと謙遜をしながら取り組みを教えてくれたが、次第にその活動の「芯」になっているものが言葉になっていった。
 園芸とは縁のなかった岸山さんがバラを育てようと思ったのは50歳以降。胃癌を患ったことがひとつのきっかけだったという。一時は危なかったというのを後で知り、何か命のあるもの、美しいものを育てようと思い立ったのが始まりだったそうだ。「バラは綺麗というより、美しい。そこにとても惹かれた」と。
 最初は自分の心を支えるためだったバラ作りが、「バラ園を造ろう」に変化していったのは2005年位から。自分の住む紋別市には花の名所が無いのが前々から気になっていて、「それならバラの美しさを皆にも楽しんで貰いたい」と、まずは藻別という場所を得たのがスタートだったと話す。
 岸山さん曰く、「全くの素人で、ほんとに笑ってしまうくらい」というその日々は、元々は河原だったその場所の石ころを取り除く孤軍奮闘を経てようやく苗を植えても次々に枯れてしまうという悪戦苦闘の連続。「自分の限界、ひとりの限界、個人の限界」を感じた岸山さんは、地元新聞にバラ園を造りたいという思いを記事にして貰い、仲間を募るメッセージを発信する。そうして、数人集まり、「バラ同好会」として再スタート。今度は紋別空港の傍の土地を借りて再チャレンジしたのだというが、この場所も「笑ってしまうほど」の重粘土で四苦八苦。水を確保するためにご主人も重機を用意して加わり井戸掘りから始めるも、結局水は出ず断念。新たな土地探しに奔走して見つけた場所が今の大山スキー場前の丘だったという。そんなに苦労しても続けられたのはなぜかを伺うと、手掛けていたバラの幾株かはちゃんと育っていて、その折角の花の命を無駄にはしたくなかったとのこと。そして、やはり仲間の力が大きかったと語る。

岸山登茂子さん 「あなたの宝ものは何ですか?」の収録後の問いかけに対する岸山さんの答えが「仲間」。「本来、人とコミュニケーションするのは上手ではなかった」と話す岸山さんが仲間の良さに気づいていったのはこの手掛けたバラ園が一筋縄ではいかなかったから。「仲間がいなければ何も出来なかったし、これからも出来ないと思う」としみじみ語る。
 ひょうひょうと、「地域で何か新しいことが出来るのは、若者とよそ者と私のような馬鹿者」と笑う岸山さんだが、ひとつのことをこつこつと続ける芯のようなものはどんなふうに作られているのだろう?名刺の裏には「玉川遠州流煎茶道 教授」という肩書きがあり、その30年取り組んだ茶道から得たものを訊いてみると、お茶と向き合って岸山さんが辿り着いた思いは「いらないものを削ぎ落とす大切さ」。そうやって「モノ」への執着を切り離していって気づいたのが「あらゆるものの中で人に勝るものはない」ということ。
 「大切にしているのは、茶道の心得にもある『一期一会』の考え方です」と語り、「この世は儚いものであり、だからこそ、人との関わりであるとか美しさといったものが時を繋いで来たのだと思う」と続ける。流れる時の一瞬一瞬の大切さ。「儚いからこそ尊いもの」も心の芯になっていくのだと確信させられる言葉だった。

 バーバラ・クーニー作の「ルピナスさん」という絵本がある。若い頃に存分に世界を見て回ったのち海の見える場所で老年期を過ごす小さなおばあさんが、自分のためにと庭にルピナスの種を蒔いたところ、それが風に乗って村のあちこちで色とりどりの花を付けたことから、今度は沢山種を携えて村中に蒔いて歩く。翌年の春、その海沿いの村はピンクや紫のルピナスの花で一杯になり、やがて「ルピナスさん」と呼ばれるようになるというお話。
 それが出来たのは、少女の頃におじいさんから「世の中をもっと美しくするために何かして貰いたいのだよ」と語りかけられていたから。そうして今度は、彼女が小さな少女に「世の中を美しくするためにあなたも何かしなくては」と伝えていくところで物語は終わる。

 「世の中をもっと美しくするために何かしなくては」・・・
 バラで地域の憩いの場を造った岸山さんも、まさに、そんな、誰かからの見えない「約束」を果たす人なのだろう。ご自身が「美しいもの係」というように。
 そして、「子供達の幸せのために何かしなくては」だとか、「地球の生き物のために何かしなくては」「自然環境を守るために何かしなくては」などなど・・・出来る分野を自身に問いかけ、持てる力で何らかの「係」を選び取っていくことが、それぞれの生きる意味なのかもしれないなと・・・改めて思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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