3月20日放送

 「3.11は自分だけでなく人間全体が自然の脅威を痛切に感じたと思う。・・・やはり、謙虚さが足りなかったのではないか。暮らし方にしても、『足るを知る』という謙虚さが必要なのかなと思います」
 そう語ってくれたのは、3月6日放送「Japacheese Asahikawa」の長尾英次さん。「ほっかいどう元気びと」では、3月11日だけではなく、折に触れてこれからの私達の暮らし方へのヒントをいろいろな方の取り組みの中からお伝えしたいと思っている。
永田温子さん 今回、森と畑に囲まれた札幌の小別沢から来ていただくゲストからも触発が沢山あるのではと楽しみにお迎えした。「やぎや」というカフェをその場所で営む永田温子さん 71歳。東京から自然がまだまだ残る札幌市西区の小別沢に夫と幼い子供達と移住して32年。建築設計の仕事に携わる北海道出身の夫・勝之さんが見つけてきた廃屋と、そこに生えていた胡桃の木が気に入ってここに住もうと決めたのだという。
 岡山県出身で、大学入学から就職、結婚、子育てと東京で長く暮らした温子さんは、札幌の人は皆「北海道らしい」生活をしているものだとイメージして来たそうたが、それほど「らしくない」ことに面食らい、それなら自分が求める「札幌的な暮らし」を実現しようと、まずは畑を耕し、羊を飼って毛を刈りセーターを作るといった、自分達の手で出来ることは自分達でという構想をひとつひとつ形にしていく。子供の幼稚園が遠すぎると思えば、自分で作ればいいと動き、賛同者も集まって一時は十数人のちょっとした森の幼稚園として人気を集めたこともあったという。
 そうこうしながら、羊毛は随分増えたから今度はチーズを作ろうとやぎを飼い始めるというように自給的生活も様々な変遷を辿り、今から11年前に手作りパンと自家製野菜料理を提供するカフェをオープンする。永田ファミリーの暮らし方に惹かれて訪れる多くの人達が、手作り食材の美味しい料理をお店として提供してくれた方が来やすいと言ってくれ、そんな声に応える形になったのだそう。現在パンを焼いているのは息子さんだそうだ。

 温子さんは、32年この場所で「農的暮らし」を体験してきて、「自然そのものが、使って欲しいとアピールする声が聞けるようになってきた」と言う。森は生産的。そこから生み出せるものは沢山あるのだと。例えば、砂糖という既製の甘味料の替わりにイタヤカエデに容器を取り付ければメープルシロップが採れるし、蜂を飼えば花の蜜を蜂が集めてくれる。胡桃などの植物も季節が来れば実を落としてその栄養の恵みをあたえてくれる。食べ物ばかりではなく、「衣・住」も然りだ。自分の手を動かす=自給的暮らしというのは、誰かが汗水垂らしてやってくれていることを自分が出来ることなら自身で工夫してやるということ。「倫理的に言えば、誰も搾取しないということ」と永田さんは語るが、「難しく考えずに、何よりそのほうが楽しいからやっている」と淡々と笑う。

永田温子さん そんなナチュラルで、軽いフットワークが身上の永田さんの「宝もの」は?
 考える間もなく永田さんの答は「ダンナ!」。あら素敵ですねぇ・・・それはどんな理由で?と問いを重ねると、「だって、便利だもの!」。思わず、その場にいたスタッフ達がその正直過ぎる表現に吹き出す。しかし、続けて、「便利というのは・・・優しいということかな」と言葉を紐解く。「ダンナ」という呼びよりも「夫」と言い換えたほうがいいわねと言い直し、いつも何かを始めるきっかけを作ってくれるのは夫であり、ひらめき派の自分のアイディアを否定せずに受け入れ、動いてくれるのも夫。カフェで出す料理の味に関してもチーズの出来具合についても夫の感性は欠かせないと、その「優しさ」による「便利さ」を説明し、「女はずるいっていうことも思う。主なところは男に任せて、陰に隠れて好きなことをやっているみたいなところ、ありますよ」と、ドキッとするような本質もさらりと言葉にして、いたずらっ子のようにクールに笑う。
 暮らしのひとつひとつに対し、どんな工夫でそれは出来るだろうかと知恵を絞り、実際に身体も手も動かす「自給的生活」は、人と人とが力を合わせるということ無しには叶わない。人が「しっかりと暮らす」ためには、家族の最小単位「夫婦」の共同体意識がまずは基本であると改めて感じさせて貰える「宝もの」のやりとりだった。

 大津波の被害や原発事故の影響の大きさにこの国に生きる皆が言葉を失ってしまった東日本大震災を挟んで、「謙虚に生きること」や「身の丈に合った生活は何かを考え直すこと」、はたまた、「自然の声を聞くこと」や「地球環境を考えてみるということ」といったテーマを身近に引き寄せている人が確実に増えているということを、番組を通してお話を伺うということで私自身も感じさせていただいている。
 世界はいつの時代からか「経済」とか「お金」の価値観であらゆるものが動くようになってしまっているが、それだけが唯一の「ものさし」ではないのだという視点は、これから益々、個人の幸せを考えるために大事になっていくのではと思う。
 「やぎや」の永田さんに、街で生きる人達がそういう視点への気づきをもう一歩、暮らしの中で形にするために出来る事は何だと思いますか?と訊ねてみると、「お勤めしている人は一日の中で時間とかエネルギーとか自分の持ち分が少なくなるので、残る時間を有効に使うということ。その時間で考えるとか手を動かす・・・そういうことかな」と話し、アンテナを張って実際に行動することで何かが生産されるという「自給的な」暮らしのためのヒントを語ってくれた。
 「暮らしはアート。生き方の表現。だから徒や疎かには出来ない」と話す永田さんの夢はツリーハウスに暮らすこと。高い樹の上の部屋の窓から意気揚々と顔を出しているイメージがふと浮かぶ。世の、所謂「おばあさん」と括られていく年代の女性達が自由な心で暮らしの夢を語ることのなんという清々しさよ。そんな個々に選んだ価値と意味で出来ている「ものさし」こそ、硬直化した古い「ものさし」に対抗できる魔法の杖かもしれない。

(インタビュー後記 村井裕子)

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