12月20日放送

 私がフリーランスとして仕事を始めたのが1997年。それから4年ほど北海道を離れていたのだが、改めて振り返ると、このあたりが世の中としてもひとつの大きな分岐点だったような気がする。自分自身が激動の時期だったが、世界はそれ以上に揺れ動いていた。
 北海道拓殖銀行の破綻。国内的にも証券会社の破綻や連鎖倒産など、思ってもみなかったようなことが現実に起こった。正規雇用から非正規雇用増加の分岐点もこのあたりからだ。
 今まで安心して寄りかかっていたものが消滅するとという事実は衝撃的で、誰しもがこれからはどこかに頼りきるのではなく、自分がどうしたいのかが試されるのだと感じていたはず。そういえば、北海道キャッチフレーズが「試される大地」に決まったのもこの頃だ。
 今回の「ほっかいどう元気びと」のゲスト、札幌の靴職人 樋口泰三さん(44歳)も、ちょうどこの頃にご自身がこの先何が出来るのか、何がしたいのかを考え会社員から職人への道を踏み出した人。なぜ、手に職を付けようと思い立ち、靴を手作りする世界に入っていったのかを伺った。

樋口泰三さん 2007年に札幌の北3条東5丁目に靴工房「cagra(カグラ)」の看板を掲げて、ひとりひとりの足に合わせたオーダー靴を作り続けている樋口さん。一足一足誂える手作り靴はとかく“高級”というイメージで捉えてしまうが、樋口さんのところを訪ねる人は、“既製品が足に合わなくて、靴で困っている”という人も多いのだとか。
 すべての人にオーダーを勧めるのではなく、正しいサイズをわかっていない人には靴の選び方を伝え、要望しているものが既製で充分と思えば、売っているお店を教えるだけのこともあるという。この人にまずは相談してみようと思わせるような雰囲気を持った職人さんだ。
 樋口さんにとっての1990年代後半は、ちょうどご自身の年齢も30代を前にして将来の仕事の方向を真剣に考えていた時だったという。
 スポーツ用品の会社で働くも、大量生産の仕組みの中でシーズン商品のシューズなどが返品され続けるのを目の当たりにし、大量廃棄への違和感が拭えなかったそう。
 自分は何かの“職人”としてこれから生きていきたいと会社を辞め、自分とじっくり向き合って何が好きなのかを考えてみると、好きなのは皮や木といった素材。鞄か家具職人になろうと、いろいろ探している中で鞄製作の会社に縁が繋がり、雇ってもらえる運びに。ひと安心してヨーロッパに旅行に出掛け、皮ならイタリアだとイタリアにも立ち寄り、これからなるはずの鞄職人の目で散策。そして、偶然に靴の工房を見つけて見学をさせて貰うと、職人のおじいさんが手の中で靴を作っていく様子に深く魅せられてしまったそう。時間が経つのも忘れるほどの面白さだったと言う。
 帰国して、勤めるはずの鞄会社の社長を訪ねてみると、申し訳ない、不景気で雇えなくなったとまさかの採用返上。樋口さんは、何か細い道を辿っていくように、靴作りの方法を身につけたいと学校を調べ、上京し、新聞配達で資金を貯めながら技能を習得。晴れてひとりの靴職人として札幌に帰り工房を開いたとのこと。
 ・・・と、かなり端折って書かせていただいたが、客観的にお話を伺っていると、この人ははじめから靴職人になるのが決まっている人だったのではないかと思えてくる。すぐに天職に出会わせるのも面白味がないので、“アプローチ”を少し付けてみました・・・といったような、何かの意思が働いているような必然の道。
 なぜ、皮や木なのか?・・・と、収録後の「あなたの宝ものは何ですか?」の聞き取りの際に改めて訊いてみると、樋口さん、「自分が育った時代はプラスチックやビニールが溢れていて、何となく自然の素材に惹かれていったのかもしれません」と、手に職を付けたかったその源の思いも紐解かれていった。

樋口泰三さん いい靴は修理をすれば何十年も履ける一生ものになるし、何よりも自分の足に合わせて作るという安心感があるが、木型を作るとなるとお値段は相当に張る。
 手作り靴は、出来上がって足を最初に入れた時より時間が経って履き込んだ時にその良さを実感出来ることが多いので、履いた瞬間にお客様が頭で描いていた理想と必ずしも一致しないこともある。そこが難しさでもありますねと、樋口さんはオーダー靴を作る難しさを口にする。そして、靴を引き渡して5年も経ってから、お客様が修理をお願いしますと来てくださった時に、ああ、修理をするほど履いてくださったのだとそこでようやくほっとするのだとも。

 「ファーストプライオリティ」という言葉がある。
 あなたにとっての「最優先事項」。例えば、モノ選びに関しても、他は質素でも靴だけは妥協しないという人もいれば、歩くという身体への配慮を最重要に考えるからこそ履き物に投資をするのも厭わないという人もいる。そこへのこだわりはないという人も勿論大勢いるだろう。思い入れの順番は人それぞれだ。
  生き方もそうだろう。何を最も大事にするか。何に思いを込めるか。どう選択するのか。信念や志が先に来るのか、それよりも先に来ることがあるのか。
 優先の順番は人によって様々。そこは違うからこそ面白いと思うのだが、大事なことは、自分の中でそれを曖昧なままにするのではなく、自分に問いかけてみてはっきりさせること。「私は皮や木という素材で、ものを作る人になりたい」という、例えばそういう“棚卸し”。答えを引き出すことで自分の往く道が定まってくるし、自分の中に“一生もの”が見つかるのだと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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