11月29日放送

 「すごいですね…」
 インタビュー後に思わず呟いてしまった。
 目の前のゲストは、「いいえ、すごくはないんです。皆にそう言われますが、自分がこれだと思うこと、好きなことをやっているだけなので」と応える。
 「すごい」という感嘆の形容詞は収録中なるべく使わないようにしているし、そんな漠然とした言葉は日々も違う表現に置き換えたいと思っているのだが、録音終わりの素に戻った自分が発した言葉はどんな言葉でもなく「すごい…」だった。それは、過酷な体験を乗り越えて自分と向き合う強さにかもしれないし、ご自身の大変さにもかかわらず人の喜びのために行動してこられた事実にかもしれない。或いは、逆境をくぐり抜けて掴んだ使命感に圧倒されたからかもしれない。
 人はほんとうに「凄い力」を秘めている。

前田和哉さん 「ほっかいどう元気びと」、今回のゲストは、障がい者のためのサッカー「アンプティサッカー」を北海道にも定着させようと「アシルスフィーダ北海道」というチームを立ち上げ、自身もゴールキーパーとして競技に打ち込む前田和哉さん29歳。札幌在住で現在公務員としての仕事にも励んでいる。
 「アンプティサッカー」とは、下肢の切断障がいを持つ6人がクラッチと呼ばれる松葉杖に支えられてフィールドを駆け回り、上肢の切断障がいを持つ人がゴールキーパーで自陣を守るというまだまだ日本では歴史の浅いサッカーだ。アンプティ(amputee)とは切断という意味とのこと。脚や腕の無いハンディキャップを個性として活用できるようにとアメリカで傷病兵のためのリハビリとして生まれた競技だという。
 前田さんは、旭川工業高等専門学校を卒業後に茨城県内の大手化学メーカーに就職するが、2年目の2009年に機械に右腕を挟まれ肘から先を切断するという事故に見舞われる。その現実を受け入れられずにふさぎこんでいた日々の中、義肢装具の先生に「まだ日本には入ってきていない面白そうなサッカーがあるから行ってみないか」と声を掛けられて体験会へ。それがアンプティサッカーとの出会いだったという。事故から翌年のこと。
 前田さんは、人生の大きな転機となったその出会いを、先生への感謝という言葉で表現する。その時、グラウンドで競技する選手達が自分よりも重い障がいにもかかわらず元気に動き回っていることにまず驚かされ、そして、何より「ひとりひとり、自分を受け入れ、そして自分と向き合い、自分が今出来ることに精一杯取り組んでいる姿」に感動したと言う。
 「その頃の自分は、それ以前の自分を美化してしまい、なかなか受け入れられなかった」
 事故からまだ1年足らずで、それは無理もないこと。しかし、前田さんは、そんな短期間にもかかわらず、その選手達の競技から“現状を受け入れることで前に進める”という大事なことに気づかされ、その上で出来ないことも出来ないと素直に伝えて補い合えばいいのだということを知ったという。凄い“心の復元力”だと思う。
 アンプティサッカーの選手となった前田さんは復職も果たしながらワールドカップにも2度出場。まだまだ力及ばずで悔しい思いもしたそうだが、そのうちに「出身地の北海道でチームを作りたい」という思いが湧き上がる。2010年に「日本アンプティサッカー協会」が作られ関東や関西にはチームが出来るが、東北以北にはまだひとつもないのが気になっていたという前田さんは、意を決して2013年に札幌に移り、アンプティサッカーの普及と啓発の意味も込めてチームを立ち上げる。「アシルスフィーダ北海道」。アシルはアイヌ語で「新しい」、スフィーダはイタリア語で「挑戦」という意味。
 障がいを持つ人がこのスポーツを通して身体を動かす楽しさに触れてほしいと言い、気軽に始められるアンプティサッカーを通過点に他の競技に行って貰ってもいいし、次の新たな自分の道に挑戦するきっかけになれたら嬉しいと続ける。自分がそうだったように、と。
 そして、大人だけではなく生まれながらに手足に障がいを持つ子供達にも是非体験してほしいというのが前田さんの願い。ある小学生は、最初に見学に来た時は「もう帰る」と乗り気ではなかったのに、一旦グラウンドに出て体験してみると夢中になり、「次もまた来たい」と言ってくれたそう。そんな、「人の考え方が変わる瞬間に携わること」が出来るのが僕の原動力です、と一点の曇りもない爽やかな笑顔で答える。

前田和哉さん 「すごい・・・」と思うのは、やはりそこだと書いていて確信する。100の力を発揮していた自分が何らかのきっかけで30を失ってしまった時、人はどうしてもその欠けた30にフォーカスして嘆いてしまいがちだが、前田さんは70の自分を受け入れ、生かし、しかも「人のために何が出来るか」を心の底から考え、動いている。
 「自分の持てる力で人のために役に立ちたい」と考え始めた時から、その70の“濃度”は、もしかして100の時より濃いのかもしれない。
 なぜそれが出来たのかを前田さんは、収録後の「宝ものは何ですか?」の聞き取りで明らかにしてくれる。答えは「仲間」。今のチームの仲間やこの競技に携わっている仲間達のサポートがあって今の自分がいます、と。そして、そんな仲間に出会えるために自分の中で必要なことは、「自分は何をしたいのかという思いをしっかり持って突き進むということ」。
 前田さんは、自分を受け入れることが出来たことで、「自分は何をしたいのか」に気づける自分を持つことが出来、そして、そんな自分をまた受け入れていくことで自然と仲間が出来ていった・・・そんなふうにいい連鎖が大事かもしれませんねと続ける。
 自分自身に沢山の問いかけをしてきた人でなければそういう紐解きは難しい。より良い道を求めて何度も自己に向き合った人ならではの自分への答えが言葉になっていった。

 前田さんのインタビューを終えて、この後記と向き合っていた日の朝、携帯に送られてくるメールマガジンにこんな言葉が書かれていた。
 ・・・人間にとって、一番恐ろしい敵は不遇ではなくて、自分の心。
 自分で自分をこんな人間だと思っていると、それだけの人間にしかなれません/ヘレン・ケラー

 答えはいろいろなところに、すでにある。それを取り入れるのか、取り入れないのか。それは、まさに“自分の心”が決める。
 「すごい」と人に思わせる存在は、それに気づいて行動に繋げられる人なのかもしれない。

(インタビュー後記 村井裕子)

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