9月20日放送

 年を取るということは、幾つもの「引き出し」を重ねていくことだ。
 勿論それを全部開けて、「どうだ、どうだ」とひけらかすのが目的ではない。引き出しの中にあるものは、経験則、書物や学びから吸収した知識や智恵、物事を見る様々な視点や考え方、世の中や世界、そして宇宙のしくみへの気づき、苦しさ辛さから編み出された人間力の礎。その人が意識的・無意識的に集めたからこその“その人たらしめる材料”と言ったらいいだろうか。
 その“備蓄”の質こそ、その人自身の次なる興味の最大の吸引力になっていく。外側に何か大切な事柄がやって来た時に、開けて呼応できる引き出しがあると無いとでは、それから先の日々の感動の質まで変わってくるに違いない。
 人生百歳時代、高齢の坂を登る時に大事なことは、その引き出しを増やすこと以上に、さらに“深めていく”ことか。そうやって奥行きを埋めていくことで、隣り合う引き出しに全く別物として入っていたものが、あらあら繋がっていたんだということに気づく。あれもこれも“真理”に繋がっていきそうな驚きでどんどん面白くなる。(奥を突き詰めていくと、それらを区切る“仕切り”など無くなっていくのだろう)
 そして、その長年積み重ねたいぶし銀の引き出しの活用は、自分のためではない。誰かのため、或いは地域のために使っていくのだという思いが背中を押していくに違いない。
 ・・・今回の「元気びと」にインタビューし終えて、そんなことを考えた。

田村修二さん 9月、稔りのシーズンにお呼びしたのは、札幌市中央区にある「ばんけい峠のワイナリー」オーナーの田村修二さん 75歳。自らを「樽人(たるんど)」と呼ぶ醸造家であり、道産の果実を美味しくワインにするための研究にも余念がない。ここ数年はブドウも育てて、「峠の山ソービニオン」という銘柄を誕生させ、札幌からワイン文化を発信し続けている。
 東京出身の田村さんは、通産省(現在の経済産業省)に勤務し、長年国際協力や途上国の技術協力に携わったという経歴の持ち主。80年代半ばに数年間札幌通産局に赴任して地場産業の掘り起こしに携わったことが、後に北海道に移住して来るきっかけになったという。
 官僚としての仕事を終えた後に北海道大学の客員教授を2年務め、札幌にご夫婦で移住してワイナリーを始めたのが2001年。第二の人生、前職と全く畑違いの分野に思いきってチャレンジされたという印象だが、田村さんは「自分の中では何も変わっていないのです」と穏やかに笑う。
 通産省時代、海外で支援の仕事をしたときに訪れたフランスで、地域に根ざした小さなワイナリー巡りをしたことが強く印象に残ったそう。農家、地域毎に小さなビレッジのようにワイナリーがあり、担い手にとっても訪れる人にとってもほんとうに愉しめる場所だったのだ、と。そして、札幌通産局時代に、北海道は今後まだまだ掘り起こし方によって農業・加工・観光サービスといった、第一次・二次・三次産業の可能性は広がると確信し、第二の人生をその潜在力溢れる札幌で、かのフランスの地のようなワイン文化をイメージしつつ醸造を始めたという田村さん。“地域の産業”にその身を置くという心意気に関しては面白いように一貫している。

田村修二さん 田村さんの“引き出し”は、海外支援での経験や、地域の地場産業への取り組み、堆肥や醸造の研究者としての実践、汗をかいて実際にブドウを栽培する農業者としての体験など、75年分がたっぷりと積み重なっている。
 「こういうことが出来たら地域の可能性が広がるだろうとアイディアや仕組みを考えては言っているうちに、他の人は大変そうだから、自分がまずやってみることになってしまうんです」と田村さんは笑うが、まさに“人生の引き出し”の最大活用。金庫にお金をたっぷりと貯めこむよりも、人としてなんと魅力的なことだろう。
 「宝ものは何ですか?」の問いに、「勿論ワイナリーです」と答えてくれたが、その理由は、「皆が協力して楽しく過ごせる場であり、いきいきした話が出来る場所だから」。
 生産者のブドウ農家さんから始まって、ご自身が手がける加工、それを売ってくれる人、そういう担い手が自然体でひとつにまとまるのがワイナリーの良さであり、さらに、そういう場作りをしていると道内外は勿論海外からも人が訪ねて来てくれ、ちょっとした国際的な交流の場にもなっていると語る。
 自分の“引き出し”を誰かのため、地域のために開くということは、同時に心も開いて人を引き寄せるということなのかもしれない。

 田村さんの取り組みは、札幌という場所でブドウを作り、醸造し、近隣のブドウ農家とも繋がりながら、ワイン文化を発信していくという“地域おこし”のモデルケースと言えるが、人は人の一生をどんなふうに歩んでいくのかの“シニアモデル”でもあるだろう。
 物腰の柔らかい、優しいお人柄も相まって、年齢こそ稔りあるものにしていく生き方の大切さをも感じさせていただいた。

(インタビュー後記 村井裕子)

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