9月13日放送

 「楽器」と聞くと、私にとってはほろ苦い思い出が幾つも甦る。好きなのに思いが通じ合わなかった片想いの(?)歴史。
 小学6年の頃、国体岩手県大会が盛岡市で盛大に行われ、県内市内の子供達は開会式の出し物に参加するという一大イベントがあった。私の学年は鼓笛隊。学内で楽器の割り振りがなされ、大太鼓や中・小太鼓は自ずと体力のありそうな子達に決まり、その次に主要ポジションである鍵盤ハーモニカ(当時、ピアニカという商標名で呼ばれていた)がテストで選抜されることになった。当時ピアノを習っていた私は選ばれたい一心で沢山練習をして本番に臨むもほんの数小節で落選。結果、その他大勢組のリコーダー(当時は縦笛と呼んでいた)を少し猫背で吹きながら行進し、「風の又三郎」の「どっどどどどうど」を切ない気持ちで歌ったのだった。選ばれなかったことは子供心にこたえたが、考えてみればその頃までの私はよく朝礼で倒れるひ弱なやせっぽち。炎天下でピカニカ吹きながらバッタリ倒れられたらかなわないと先生は思ったに違いない・・・と都合良く納得。
 中学でピアノとも疎遠になり、短大で手にしたギターもFやBに手こずったままお部屋のインテリアに。好きなのに思いは通じない悲しい物語・・・いやいや、単なる努力が足りなかったという単純な話なのだった。とはいえ、なぜかその後、唯一声という道具だけは辛うじて私を生かしてくれて、一生の“仕事道具”になってくれた。人それぞれのスペック(仕様)といったものがあるのかもしれない。

助乗慎一さん ほろ苦い思い出とはいえ音楽や楽器の記憶が何十年経っても鮮明に残っていることに書きながら驚く。それらは、思春期に触れることで脳の奥に深く刻む力があるのだろう。
 その音楽を皆で奏でる楽しさを北海道の子供達にもっと味わって貰いたいと、「どさんこ青少年オーケストラ」を立ち上げた札幌在住の助乗慎一さん(36歳)が今回の「ほっかいどう元気びと」のゲスト。「すべてのまちにジュニアオーケストラをつくりたい」という夢に込めた思いを訊いた。
 助乗さんは、もともとは道内各地の小・中学校で音楽を教えていたそうだが、決まったカリキュラムの中で音楽を共有する難しさを感じ、違う形で子供達と関わりたいと辞職。2011年の東日本大震災によって、自分の生き方や人との繋がりの大切さについても考えるところも大きかったのだという。
 ちょうどそんな折、得意のホルンを請われて参加していた「北海道農民管弦楽団」(代表の牧野時夫さんは、2014年6月の「元気びと」に出ていただいた)の演奏会で、宮沢賢治の故郷の岩手県花巻市を訪れ、そこでの出会いから北海道にジュニアオーケストラを立ち上げることになったという。群馬県の「NPO日本少年少女オーケストラ協会」を率いる南紳一さんに「北海道はジュニアオーケストラが少ないので作ったら?」と声をかけられ、お手伝いしますよという心強い申し出に背中を押されたのだと、出会いの妙をしみじみ語る。賢治さんに出会わされたのかもしれないですと。
 その後準備に奔走し、「どさんこ青少年オーケストラ」を2013年に江別市に、翌年に岩見沢市に立ち上げ、小学校に入る前の幼年から高校2年生まで週に一回集まって練習を重ねているという。助乗さんの思いは、「初心者でもとにかく楽器に触れてほしい。初めてでも参加してみて、仲間と音楽を奏でる楽しさや達成感を味わってほしい」ということ。
 参加しやすい月謝にし、楽器を持たない子でも気後れしないように貸し出しもしているそうだ。特に、弦楽器は才能がなければ無理などと思われがちだが、小さい子供用のバイオリンもあるので、とにかく音を出してみて、楽しいと思ってほしいと言う。
 実際に、幼稚園児位の子供のための小さいバイオリンを持参して見せてくれたが、こんな気軽なバイオリンがあったら弾いてみたいと思うだろうなという可愛らしさ。
 才能のある子供を選抜し、最高級の楽器によって力を伸ばしてプロへの道に導くのも人を育てる大事な関わり方だが、日々の中でリコーダーを吹くような気軽さで弦楽器を弾くということや、みんなで気持ちを合わせて音を奏でるということをもっと取り入れていいのだ・・・と思えてくるような、思わず「さわってみたくなる」バイオリンだった。

助乗慎一さん 助乗さんは、一から子供のためのオーケストラを作るという簡単ではない取り組みを、設立準備の途中で何度か諦めようと思ったこともあったと言うが、「不思議に人の出会いによって乗り越えられました」と話す。思っていると同じような思いの人や手助けをしてくれる人に巡り会うのです、と。その“いいめぐり会い”のためには「諦めずに思い続けること」。振り返ると、それまでの道筋も偶然が積み重なって面白いように進んで来たのだそうだ。
 使命感に突き動かされて進む人がまたひとりここにもいたのだと、「元気びと」達特有の“導かれ現象”を今回もまた感じさせて貰った。

 何かに突き動かされるように自分の道を見つけた人は、口を揃えていい笑顔でこう言う。
 「なぜそういう出会いがあったのか、今の道を進んで来られたのか・・・なぜでしょうね。わかりません」
 強力に導かれるようなめぐり会いや、びっくりするような“意味のある偶然の一致”はなぜ起こるのか・・・その人生のひとつひとつの不思議を解明する必要はない。
 「人の道には、そういうことが起きるのだ」と目に見えないことも信じられることで、人は自分の人生に柔軟に取り組んでいけるのだから。
 ・・・と、そのようなことを、ユングの本のどこかに書いてあった。
 そして、なにも“特別な人”だけが導かれるのではなく、きっと全ての人の中に多様な可能性があるのだろう。音楽をはじめとした人の得意・不得意も“なんだか面白そう”“なんだか惹かれる”・・・という、よくわからないけど心がときめくことを「まずは思いを込めてやってみる」ことで、新たな自分に出会えるに違いない。

(インタビュー後記 村井裕子)

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