8月30日放送

 肩に全然力が入っていないのに、信念を内に秘め何かを確実に成し遂げていく人がいる。そして、それがとても心地良さそうで楽しそうだから、人が次々に引き寄せられていく。そんな相乗効果で益々幸せ空気が漂い、触れ合う人の行動をも変えていく。
木村真理子さん 「ほっかいどう元気びと」、8月最終の日曜日はまさにそんな女性。洞爺湖町成香で「活き活きファーム幸来村(さっくるむら)」を運営し、その中にある「気まぐれな食堂 幸来」で自家製野菜をメインにしたおまかせ料理を提供している木村真理子さん 66歳。
 今でこそ「ファームレストラン」が各地で人気を呼んでいるが、そんな呼び名もまだ無かった15年前から、自分が手掛けた新鮮野菜を美味しく食べて貰いたいという思いで料理作りも始め、今では遠くからその美味しさと畑の真ん中という環境に惹かれてまっしぐらにやって来る人も少なくないという。
 切り盛りしているのは木村さんと、娘さんの水葉さん。そして、九州出身というご主人。収録の日は、水葉さんも一緒に洞爺湖町からやって来て、にこにこしながらお母さんのインタビューを見守ってくれていた。

木村真理子さん 札幌出身の木村さんは元々は大学で土木を学び、東京の土木関連のコンサルタント会社に勤めていたが、結婚・出産を機に退社。やがて3人のお子さんのお母さんとして子育ての日々を送る。
 木村さんの実行力が発揮されるのはここから。一番上のお子さんが小学校に上がる頃は千葉のマンモス団地で暮らしていたそうだが、ふと、疑問にかられたそうだ。このコンクリートジャングルで子供を育てるのか?世の中ちょうどゲームが流行り始めた頃。室内でゲームに熱中するような子供にしたいのか?いや、もっとのびのびと育てたい。
 その頃、木村さんのご両親が札幌から当時の大滝村に移住しており、まずはそこで子供達を育てようとご主人を千葉に残してUターン。子供達は瞬く間に土地に馴染んで、ご主人も数年後には北海道に仕事を見つけて転居。
 木村さんは、子供の口に入るものを一から見直し、まずは卵からと鶏を飼い、乳を採るために山羊を飼い、無農薬の野菜を育て、毛を刈れば織物も楽しめると羊を飼い…どんどん「農」の規模を大きくして、ついには新規就農者として「活き活きファーム幸来村」を作ったのだそうだ。そして、こんなに自家製新鮮野菜が美味しくて身体にいいなら多くの方に食べて貰いたいと食堂も開設。
 そのおまかせメニューは、旬の野菜を何種類も使ったもの。その手塩にかけた作物の本来の力強さを誇りに思っているのだろう。ひとつひとつのお料理の説明をしながら提供しているので、時間に余裕を持って来てくださいと呼び掛ける。

 ここまで来られたのは「運」と木村さんは言う。この農村地域の人達が、子供が3人も来てくれて有り難いとほんとうに快く歓迎してくれたことが有り難かったと。
 その「運」と思えるものを引き寄せる力とはどういうものなのだろう…収録後の「宝ものは何ですか?」の問いかけでさらに訊いてみた。
  木村さんの答えは「北海道に来るきっかけになった三人の子供」。
 その二番目のお子さんの水葉さんも同席して、お母さんの中にある「宝」探しをすると、水葉さんが興味深い分析をしてくれた。
 「じいちゃんの行動力と似ているんです」と。
 水葉さんの祖父、真理子さんの父親は、元々は北大の先生をされ、山スキー部の教官だったこともあり部員達がいつも集まっていたそう。その部員達とも一緒に旅人も泊まれるロッジを大滝村に作り、いつも「ここで、人生を考えよう」と語っていたという。
 水葉さんは、おじいさんを慕って集まる人達から、凄い人なんだと聞かされて育ち、今改めてこんなふうに感じているという。
 「じいちゃんはいつも野心を持っていた人。それをとても楽しそうにやっていたので、回りの多くの人が惹き付けられていたのではないか」(※水葉さんは「野心」と表現していたのがユニークだったが、きっと「志」の意味合いのほうが強いのかなと聞いていて感じた)
 そして、母親が、その考え方、行動力、人が集まってくるのもとてもよく似ていると話す。
 遠慮がちだが、凛とした口調で的確に話す水葉さんを木村さんは嬉しそうに見つめる。
 素敵な親子の連鎖。静かな「大志」が繋がっているのが感じられた。

 水葉さんがお母さんの仕事を今手伝っているのは、水葉さんが病気をしたためにそれまでの仕事を辞めて戻ってきたと木村さんが話してくれたが、元気を取り戻してお客さんの前に立てるまでには沢山の苦悩もあったそうだ。ふたりとも明るく前向きにその順風満帆ではなかった道のりも話してくれたが、今、人を元気にする手料理を提供する喜びは母から娘にも受け継がれていて、水葉さんもその役割感できらきらしている。おふたりの雰囲気を感じながら、是非その野菜料理を味わってみたいと心底思ったひとときだった。
 水葉さんは、病気になったおかげで、人の弱い気持ちがわかるようになってよかったと言う。自分の経験を意味あるものにして、そういう人達の役にも立ちたいとも。
 娘さんもいつか是非、この「元気びと」で思いを話してくださいねと、期日を決めない「予約」をさせていただいたが、まずは、その前に、「気まぐれな食堂 幸来」に予約をしなくては。
 羊蹄山を見ながら英気を養おうとその日を楽しみにしている。

(インタビュー後記 村井裕子)

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