8月23日放送

 人は自分の一生の中でどうやって自分をより良く変えていけるのだろう・・・
 それは、私の中でとても大きな興味があると、この後記で何度も書いた。
 「ほっかいどう元気びと」で様々な分野の方にお話を伺っていると、その「変われたきっかけ」、いわゆるターニングポイントを聴かせていただくことが多いが、それを話す瞬間のそれぞれの表情がなんともいい。人は「より良く変り続ける」ために日々を生きているからなのかもしれないと、沢山のことを感じさせて貰える。

作田徹さん 今回の出演者も、「人間って、ほんとうに変われるんですね」と満面の笑顔で何度も自身に起こった変化を話してくれた。
 北海道マラソンを1週間後に控えた8月23日放送のゲストは、市民ランナー達の走りを指導、サポートしている「作.AC北海道」の代表 作田徹さん 49歳。現在は、アシックス販売株式会社に勤務しながら、ランニングアドバイザー・講師として、初心者から更に上を目指す市民ランナー達の指導、道内各地のマラソンイベントのサポートなどに日々駆け回っている。
 作田さんご自身も、中学の陸上部以来、一貫してランニング人生をひた走ってきた。就職後も競技会に出場し、実業団の丸井今井陸上部のマネージャー兼コーチ時代も選手として走りを継続。40歳を迎えた2006年に市民ランナーチーム「作.AC北海道」を設立後、2009年とその翌年に、「IAU100kmワールドカップ」「IAU100kmアジアチャンピオンシップ」で男子団体金メダル、個人銀メダルを獲得して、現役としての競技会出場には区切りをつけ、その後、ランニングの楽しさを分かち合う活動に邁進している。
 ターニングポイントは、競技者から指導者への転換を目指してチームを立ち上げたことだったそうだ。作田さんご自身の言葉をそのまま書くが、それ以前と以降では「更正したと言えるほどだった」と苦笑いする。「大会に出ていた頃の自分は、生意気で、出たがりで、嫌われていて、自分勝手。全然いい人間ではなかった」と。
 あの頃関わった人達ひとりひとりに謝って回りたいと、そんな頃を感じさせずに謙虚に語る。それだけ、競技の勝負の世界は厳しかったということだろう。マラソンは人とも速さを競い、自分とも闘う。刃物みたいに尖らせていないと自分の優しさに逃げ込みそうにもなるだろう。当時、実際に成績を競っていたライバルとは4年も口をきかなかったと正直に吐露する。
 ただ、そこで試されるのが「人間力」。作田さんはなぜそこに気づき、なぜ変われたのか?
作田徹さん 収録後の「宝ものは何ですか?」の聞き取りで出てきた答えは、「仲間です」。今、共に活動している「作.AC北海道」のメンバー達に助けられてここまで来ましたと目を輝かせる。
 市民ランナーをサポートする「作.AC北海道」を立ち上げる際、なかなか人が集まってくれず、最初は4人でのスタートだったという。内心がく然。自分はそんな人間だったんだ・・・と初めて気づき、信頼関係を一から作り直し、是非この人に来て貰いたいという人を少ない人数から増やしていったのだそうだ。速いだけではなく、人として皆に信頼される人達を。そうして今では人数も増え、「作田さんのためなら手伝いに行きますよ」と、皆仕事を持っているのにもかかわらずマラソンイベントの手伝いに来てくれるのだという。
 作田さんは、そのチームの良さを、「いろんな年代がいてくれること」と言い、「考え方も発想も違うのがいい。自分のことを怒ってくれる年下もいる。たえず自分の道はこれでいいのかを考えることが出来たのはそんな仲間がいたからです」と続ける。口もきかなかったライバルだった人も今は「作チーム」の一員。子供達の指導を熱心にしてくれ、互いに認め合っているという。
 現在は、記録を出すための競技生活からは引退し、「楽に走っていますよ」と言う作田さん。何より、指導している市民ランナー達が楽しそうに走っているのを見るとワクワクするのだそう。アドバイスをすることで喜んで貰えるのが本当に嬉しく、今がとても幸せと語る。

 何が変わったのだろう。
 私は、ふと、人と比べなくなったことで気持ちが自由になれ、自分の役割を存分に果たせていることで内に持つ人間力が素直に表に溢れ出てきたのではないだろうか、と感じた。
 あの人がこの人がと他人と自分を比べることで沸き上がる邪念というのはほんとうに厄介だ。勿論、10代20代は、そのライバル心やメラメラと燃える思いが前に進ませる力になることもあるが、人にはその人その人の「課題」や「もたらされるもの」があり、その固有の試練も幸せもそれぞれが自分で引き受けるものなのだと腑に落ちれば、過剰に心を掻き乱されることもなくなる。
 「禍福はあざなえる縄のごとし」という言葉があるが、ひとりひとりに、「禍」もあれば「福」もある。災いも幸福もその人に与えられたもので、それぞれが一生をかけて自分の縄をなっていくのだと気づけば、羨ましがる暇など無くなり、やるべきことが見えてくる。

 久々に読んだ宮沢賢治の「風の又三郎」に、こんな又三郎の台詞があってドキッとした。
 「お前たちはだめだねぇ。なぜ人のことをうらやましがるんだい。僕だってつらいことはいくらでもあるんだい。お前たちにもいいことはたくさんあるんだい。僕は自分のことは一向考えもしないで人のことばかりうらやんだり馬鹿にしているやつらを一番いやなんだぜ。僕たちの方ではね、自分を外(ほか)のものとくらべることが一番はずかしいことになっているんだ。僕たちはみんな一人一人なんだよ」
 すると、一郎も言い返す。
 「又三郎さん、おらはお前をうらやましがったんでないよ、お前をほめたんだ。おらはいつでも先生から習っているんだ。本当に男らしいものは、自分の仕事を立派に仕上げることをよろこぶ。決して自分が出来ないからって人をねたんだり、出来たからって出来ない人を見くびったりさない」※

 これは人の永遠のテーマだ。だからこそ、そこに気づいた人は清々しい顔をしている。
 沢山のことを正直に語る作田さんにインタビューし終えて、そんなことを考えた。

(インタビュー後記 村井裕子)

※『新校本 宮沢賢治全集第九巻』(筑摩書房)1995年6月25日発行より

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