6月21日放送

 自分の人生をどう生きるかということと、自分の仕事をどうより良く変化させていくかということとは密接に繋がっている。
 人は年をとる。幾つになっても全く同じ内容のことをしていていい仕事などあるはずがない。なりたかった職業、スペシャリスト、思い入れのある仕事なら尚更だ。
 「アナウンサー」という何かを伝える仕事も「バージョンアップ」の欠かせない職業だと思っている。20代、30代、40、50、60代・・・現状にしがみつくことなくどう変化させていくか。私自身がそこに気づき、もがきにもがいたのが20代。悩み抜いて「やはり技術を極めずには何も始まらない」と、土台作りに勤しんだ。ナレーション、インタビュー、レポート・・・暗中模索で愚直ながらもやればそれだけ結果は付いてくる。年齢を怖がる必要もなくなりすっかり気持ちが楽になった。そうすると今度は、その「技」を伝えたくなる。受け渡したくなる。「教える」「指導する」というツールも自分の中に欲しくなってまたその方法を学ぶ。そうすると今度は、それを担う人として欠かせないのが「人間力」だと悟り、またそれを学ぶ・・・。
 50代の今、自分の手の中に残る「振り分け荷物」を改めて見てみると、まさに「気づいて」「掴んだ」それらが大切な一生ものの道具になっている。

濱本義孝さん 全く職種も取り組みも違うのだが、今回の「ほっかいどう元気びと」でお話を伺っていて、そんな「仕事を一生ものにしていくということ」を改めて考えた。
 ゲストは、「岩見沢スターキッズサッカースクール」代表の濱本義孝さん36歳。15歳で単身サッカー王国ブラジルに渡り、20歳でプロ契約を果たし、21歳でプロデビュー。本場でプロを続ける苦悩とも向き合い、指導者になる決断をし、現地で学んで指導者資格を取得。帰国後、セレッソ大阪の通訳を経て、今から9年前に北海道の岩見沢でサッカースクールを開校・・・そして、今に至るという経歴の持ち主だ。
 北海道に戻ったのは、故郷で本場のサッカーを子供達に伝え、サッカー選手を道内から輩出したいとの志から。

 何かの本で、自分の「逆境グラフ」を書いてみようというススメが載っていた。逆境の時は折れ線グラフがググッと縱軸の下方に、乗り越えたらまた右肩上がりに。横軸は勿論年齢だ。この時は大変だったけれど振り返ってみればちゃんと浮上している。困難だったからこそあんなことに気づけた、こんなことにチャレンジしたといった足跡を改めて目で確認出来、自分の持てる力を再認識することになる・・・そんな意味だったと思う。
 濱本さんのこれまでをグラフにしたら、チャレンジ・達成・成功といった右肩上がりも大きいだろうが、その分逆境の線も激しいだろう。何と言っても、15歳でひとりブラジルへ乗り込み、体格や言葉、人種の違いとも闘い、しかもプロになってもその後が更に茨の道だ。
 濱本さんは言う。その時どんなに大変でも、それを乗り越えようと努力することに意味がある。辛いことこそ負けじ魂で乗り越えると、結果を出すことと同様に、その体験がその後の人生で生きる。それを多くの子供達に体感して欲しくて今指導者をしているのだと。

 アスリートは、選手引退を機にどう自分を変えられるかが最もその人自身が試される分岐点だと思うが、ブラジルで指導者資格をとった濱本さんも最初は想定外のことも多かったという。岩見沢でサッカースクールを始めた当初、無料説明会は結構集まったものの実際の申し込み者はたったの5人。「本場ブラジルの元選手のサッカー指導」と謳った手前、拍子抜けもしたそうだが、この来てくれた子達にちゃんと教えようと決心して取り組み始め、やがてその数が少しずつ増えていったのだと語る。
 その時の心境を訊くと、「もう十分逆境への抵抗力は出来ていた。父親もいつも『逆境こそ我が人生なり』と言っていた人で、僕もブラジル時代にそれを紙に書いて部屋に貼ってありましたから」と笑う。そして、その時の5人がいたから今があると感謝していると。

濱本義孝さん その強いマインドは、どういう考え方の蓄積とどんな日々から養われたのだろう。
 「宝ものは何ですか?」のやりとりの会話の中にそのヒントがあるような気がした。
 濱本さんの宝ものは、「小さい頃から片時も離さなかったサッカーボール」や「家族」「友達」「サッカーする仲間」といろいろ出てきたが、一番声に力がこもっていたのが「負けたくない思い」。この思いがあったからこそいろいろなことを乗り越えてきたと言う。
 その「負けたくない」という思いと「走る」ことがサッカー少年の頃から濱本さんの中で繋がっていて、だから「日々走り込む=努力し続ける」という自分が作られたと話す。
 つまり、「人が見ていない時にいかに地道なことが続けられるか」ということ。
 サッカーはとかく派手な攻撃が注目されるけれど、大事なのは縁の下の力持ちであるディフェンスの精神。泥臭くボールを獲りに行くという「地味なことをサボらない」ということこそが重要。そのための土台作りが出来ていると、誰もしたくないことを皆のために献身的に続けられ、評価となってちゃんと返ってくる。
 「人の見えないところで」というのは、実は、何よりも自分自身の力を付けることになるから結局は自分のためになるのですと、マインドの真ん中にある信条を紐解いてくれた。

 一生ものの仕事をするということは、若い時の「自分が、自分が」の自我の取り組みから、「誰かのため」にどう貢献するか・・・という使命への取り組みに変化させていくことなのだろう。そして、どの世界にしろ受け渡したいのは、培った「技」だけでなく、それを通して学んだ「人としての生き方」。
 逆境と努力の意味を何度も語る元プロサッカー選手・濱本さんと話してみて、その意を強くした。

(インタビュー後記 村井裕子)

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