6月7日放送

 十数年前、HBCアナウンサー達が企画・構成・出演する朗読会を、札幌の時計台2階ホールで行ったことがある。
 私はその時、構成から関わっていたのだが、いくつかの作品に加え、せっかく時計台で鐘が鳴るのだから生で朗読している最中に鐘の音が鳴る設定にしようという流れになった。共に構成を担当した薮淳一アナウンサー(当時)に、主人公が鐘の音を聴くところがクライマックスとなるオリジナルの短編小説を書いて貰い、時間配分をきっちりと構成し、「その時」のタイミングを成功させるべく皆で練習を重ね、本番を迎えた。
 タイムキーパーは、音楽監督を買って出てくれた関博紀アナウンサー(当時)。私もその薮作品の読み手だったのだが、今でもありありと覚えている。関監督の完璧な進行により、「8時の鐘が鳴る」・・・といった朗読の数秒後に札幌時計台の実際の鐘が静かに響いたのだ。もう一人の出演者のように。外で聴く響きとはまたちょっと違って少しくぐもった鐘の音をステージ上で聴きながら、ほっとしたのと、そこにいる全員の心がひとつになったような感動で、全身痺れたのを今でも覚えている。
 薮アナも関アナも、今はアナウンス部を離れてフリーでそれぞれのさらなる道を開拓しているが、今も会う機会があると、「あの時の絶妙な鐘の音」の話になる。私にとっての時計台は、あの時の仲間達とひとつのものを作り上げた想い出溢れる忘れられない場所だ。

下村康成さん ・・・時計台でそんなことがありましたと、今回の「ほっかいどう元気びと」のゲストにその思いを伝えると、「覚えています!僕がもう塔時計の保守をしていた時ですから」と満面の笑顔。お話を伺ったのは、それからの日々もずっと、札幌時計台の塔時計を守り続けている下村康成さん 41歳。転職のタイミングでたまたま時計台の保守の募集を知り、この道に進んでから16年。先先代の井上清・和雄さんから国の重要文化財の時計の保守・点検を受け継いだその思いや原動力を聴かせていただいた。

 札幌市時計台は、明治11年、クラーク博士の提言で「旧札幌農学校演舞場」として建設され、3年後の明治14年に塔時計が設置されている。以来、130余年に渡って守る人の思いが繋がりそのままの形で今に残るという、札幌にとって誇り高く愛着の強い場所だ。
 未だに歯車を動かす重りを、週に2回、手で巻いて管理しているというその緻密な作業をほぼ一人でこなす技術者という立場は神経も使うだろうし、寡黙な方に違いない。そう想像しながら迎えた下村さんは、にこやかな笑顔の優しい青年といった印象。もしも、『札幌時計台物語~塔時計保守に生きる男達』というドラマを作るとしたら・・・奮闘する下村青年の役を吉岡秀隆君で・・・そんな構想が湧いてくるような雰囲気を漂わせている。
 お話のひとつひとつも、塔時計やそれに関わってきた人達に関して映像が浮かぶような表現や、集めるとほんとうにドラマが作れそうなエピソードに興味を引かれた。
 例えば、「塔時計の管理は、技術も大事だが、気持ちを込める方がもっと大事。感情を持った人間と思って向き合っている」という心構え。機械に気持ちを込めるということは、それだけ丁寧に接しないと、無意識に部品を消耗させてしまうことになるから。替えの部品はすでに手に入らないので、なるべく繊細に手を掛ける(或いは掛けすぎない)ことで一日でも長く寿命を延ばすという心掛けだ。 
 あまりに優しい笑顔で時計機械を擬人化されるので、思わず訊いてみた。
 「人間に喩えると、どんな人?」
 下村さんは、「女性です」と即答。まるで自分のおばあちゃんのことを話すよう。
 「年齢を重ねて、少し気難しい感じ?」と訊くと、「いえいえ、とっても素直ですよ」と、楽しいイメージ問答。
下村康成さん 機械を人のように思いを込めて、優しく、穏やかに手を掛けているからこそ、「彼女」も素直に時を刻んでくれているんだな・・・と、下村さんがまるで「気品溢れる老婦人」のような塔時計ととてもいい間柄を作っているのだということが伝わってきた。
 そして、巻き上げをする機械室は錆や消耗を防ぐため、他の人は一切入れない場所。その場所に、井上さん親子がそれぞれ仕事に対する信条を書いた言葉が貼ってあると予め資料で読んでいたので、どんな風に目に入るのかを訊ねてみると、それはペラッとしたメモ紙に書かれていて、さりげなく貼られているという。
 「最後の点検怠るな。後生後輩に良き手本を示せ」という清さんの紙が上に、「ベテラン必ずしもベテランならず。慣れがミスを呼ぶ。初心忘るべからず」という和雄さんのがその下に。それをいつも巻き上げの時に目にすることで前任者の意志を感じるんですというお話も、頭の中でイメージ映像が浮かぶものだった。(やはり、いいドラマになりそう・・・)

 「その塔時計には、主(あるじ)というか守り神のような存在は感じますか?」
 下村さん「いますよ。クラークさんが」

 歴史あるものは、建造物であれ、何かの機械であれ、やはり「人の思い」が残っているのだ。それも、とても強く。私達はそういう先人達の強い思いの土台の上に今を生きている。
 「時計台のことを何度も話しているうちに、やっぱりいい時計だなという気持ちが強くなるんです」とはにかみながら話す吉岡くん・・・いや、下村さんと話していて、時計台の「時を刻み続ける老婦人」の後ろには、大志と共に札幌を愛した沢山の魂が宿っているのだと改めて感じた。多分、その思いの集積が、今もその時計の命を支えているのかもしれない。
 私が時計台を舞台に震えるような感動を覚えたそのごくささやかな思いも、鐘の音にふと振り返って「あ、いいなあ」と感じる市民ひとりひとりの思いも、そんな存在を支える力のひとつになれたらいいな・・・と、目には見えないいろいろなものを感じさせて貰ったインタビューだった。

(インタビュー後記 村井裕子)

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