5月10日放送

 「人はこの世に生まれ落ちた瞬間、全員が天から封書を貰って生まれてくる。その封書を開いたら、あなたはこういう生き方をしなさい、と書いてある」
 日本の哲学者である森信三さん(1896-1992)のこの言葉を、以前もこのインタビュー後記で引用したことがある。「ほっかいどう元気びと」で多くの方にお話を聞かせていただきながら、私はいつもこの“封書”をイメージする。人はどんなふうにして自分の“封書”を開くのか、開くためのどんな工夫をしているのか、自分の相応しい生き方に気づいてから何を成すのか・・・そんな、「自分の使命」を生きるそれぞれの方法を知りたいからだ。
 とはいえ、この天からの封筒はなかなかに頑丈らしく、おいそれと中を見ることは出来ないらしい。森信三さんは、この言葉の後でこうも付け加えている。
 「しかし、せっかく天から貰った封書を一回も開かないままで死んでいく人が多い」
 ギクッとさせられる。ひとりひとりが「開きたい」という強い意志を持たなければ「天からの使命」も意味をなさないというのが、この言葉の大事なところだ。

熊谷しのぶさん 今回の「ほっかいどう元気びと」のゲストは、マタニティフードアドバイザーで栄養士の熊谷しのぶさん 35歳。熊谷さんも、「自分の“封書”には何が書いてあるのか、なんとしてでも開きたい!」という思いが伝わってくる人。一見、柔らかい雰囲気、いわゆる癒やし系だが、自分がやれることを見つけて実現させるためにどんなふうに自分と向き合って往く道を選んできたのかというその突き進み方がとても爽快だった。
 熊谷さんは、2013年に札幌市西区琴似に赤ちゃんのための離乳食も提供する「Pop Spoon Café」をスタートさせ、子育て中のお母さん達の場作りとともに、「いのちを健やかに育む食のある暮らし」を提案しながら料理教室やイベントなどのプロデュースにも力を注いでいる。
 大人のランチとともに離乳食の提供というのは札幌では有りそうで無かったと熊谷さん。子育てという大変な仕事を毎日続けるお母さん達に、たまにはほっと一息ついて外のランチを食べて下さいという思いと、「離乳食は大変」というイメージを、「こんなふうに簡単に出来る工夫もありますよ。こんな楽しいヒントもありますよ」とちょっとした食の知恵や知識を伝えることで払拭して貰い、お母さん自身が子育てに煮詰まらずに幸せな気持ちで過ごして欲しいとの思いがあったという。
 栄養士として食に対しての安心安全な情報を提供するのは勿論のことだが、それ以上に、赤ちゃんが食べることへの心地よさを感じられるように粉寒天を使って食感を工夫するとか、お母さんも赤ちゃんと会話をしながら一緒にモグモグしてみせて「食べる意欲」を引き出すことが大事など、専門のノウハウ以上に“気持ちをサポートしたい”という思いが伝わってくる。
 面白いなと思ったのは、熊谷さん自身が“子を持つ母”としての実感からこの活動を始めたというのではなく、独身時代から妊婦さんや赤ちゃん、お母さんのためのサポートを熱心に続けてこられて、そして、去年初めてお母さんになったことで、これまでの自分自身の取り組みがまさに今の自分自身の子育ての日々を大いに励ましているという巡り合わせ。
 そして、その活動自体も初めから迷い無くというわけではなく、スタートはウエディングプランナーだったということも巡り合わせかもしれない。500組以上の結婚式に携わる中、若い女性達は仕事の忙しさもあって「食」への関心が薄く、特におめでた婚などで式の前後に体調を悪くするケースに数多く遭遇したことで女性の身体と食の大切さに気づいていった熊谷さん、当時は自分も仕事に熱中するあまりお昼はアンパン1個などという生活を送っていたことにヒヤリとし、前々から興味があった「食」を専門にするべく27歳で旭川大学短期大学部へ入学。栄養学によって可能性の引き出しを増やし、命を育む女性達を食で支える仕事にシフトしていったとのこと。
 元々「自分の使命は何だろう」と考えるのが好きな、ちょっと変わった子でしたと熊谷さんは言う。自身の「使命」を探し求めたいという欲求が「学ぶ」ことを選び、方向を模索しながら「行動」を続ける中で、自分のほんとうの居場所を作り上げてきたのだろうということが意志ある話し方から伝わってきた。

熊谷しのぶさん 思い立ったら潔く退職を決め、社会人入学を選択するなどの決断はどこから?
 そんな問いに対する熊谷さんの答え、「使命を見つけ、それを実現するための自分との向き合い方」はこうだ。
 大きな模造紙を買ってきて、「こんなことをやりたい」「こんな仕事に就きたい」といった願望をいくつも書き、それに関連する写真をコラージュして貼り付け、毎日それを見続ける。日々眺めて、「では、何をすればいいのか」がひらめいたら、その思い立ったことを実行に移す。叶ったものには「済」のハンコを押して、達成したことも目に見えるようにするのがコツ。自分の気持ちは結構モヤモヤしているので大きな紙に書き出すのがいいと熊谷さんは言う。そして、今でも頭に浮かんだアイディアなどはスタッフ達に話して、誰かがそれを書き留め、誰かがそれを具体的にしていくというやり方で新しいことに取り組んでいる・・・そんなふうに語ってくれた。
 “封書を開く”ということは、自分自身の手で胸の裡にあるものを粘り強く取り出していくということかもしれない。模造紙の上に書き出すという作業で“開いて取り出す”というのは、つまりは、“自分はどう生きたいか”に繋がるのだろう。熊谷さんは、「そうやって気づいていったやりたいことは、人に呟くことで叶っていく」とも。自分の役割や使命に気づき、夢を叶えていくヒントそのものだと思った。
 道を探している途上では自分に自信など全く無かったという熊谷さんだが、試行錯誤を重ねてきて、今、“ひとりにひとつの封書”からどんな言葉が読み取れているのだろう。そこに気づくことで自分を支える自信が自ずと生まれきたのだろうなと感じた。

 「私の“宝もの”は、今のスタッフ達です」と熊谷さんは言う。ある日、スタッフ達が作業をしながら互いに話していたことをたまたま耳にしたことがあったそう。
 「彼女達が話していたのは、今この職場で働ける喜び。そして、互いに、ここに来て自分自身がどんなふうに変わったかということ。人生観も話せるようなそんな場作りが出来ていたことがほんとうに嬉しくて涙が出ました」

 自分の使命という“天からの封書”を開くことは容易ではない。一生かかってもおぼろげにしか読み取れないかもしれない。でも、「封書を開こう」と常に努力し続ける人は、その周りの人達の“封書”を開く“触媒”にもなれるのではないだろうか。 

(インタビュー後記 村井裕子)

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