4月26日放送

 夢や目標に向かって進む時、それを実現させるための有効な問いがある。
 根拠を確認する「何故(why)?」
 そして、行動を引き出すための「どんなふうに(how)?」
 “why”は、例えば、そもそも私は何故その仕事に就きたかったのか?・・・など原点に立ち返って自分がほんとうに何をしたいのかを再認識出来る問いかけ。
 そして、人は、「精一杯頑張る」「根性で乗り切る」などという抽象的な言葉のままでは動き出せない。“how”どんなふうに?という問いかけで大きな言葉を小さく砕き、今すぐ行動出来ることを紐解いていく。
 とはいえ、自分がほんとうに何をしたいのかを自由に問いかけ、独自の考えを引き出していくというのは今の時代だから出来ること。一昔前の明治・大正・昭和の時代にはとても難しかったのだろうなと思う。特に、家が老舗で跡を継がなくてはならない場合や、しきたりの中での嫁の立場なら尚更だ。
 何故それをしたいのか?・・・したいしたくないにかかわらず、しなくてはいけない。
 どんなふうに?・・・先代の教えの通りに。
 選択肢が無い中で自分の能力を最大限に発揮させていくというのも、また人の中にある凄い力なのだろう。

石黒聖子さん 今回の「ほっかいどう元気びと」は、老舗の女将として店を守ってきた女性。石狩市で明治13年創業、鮭鱒料理専門の「金大亭」四代目女将 石黒聖子さん 68歳。
 石狩の漁師の賄い料理だった石狩鍋を、初代の石黒サカさんがおもてなし料理として提供したのが始まりで、それから135年、当時の歴史ある建物もそのままに女達の手で老舗の味を守り続けている。
 石黒家では、代々嫁いだお嫁さんが「金大亭」を受け継いできた。四代目女将の聖子さんも、幼なじみだったご主人と24歳で結婚し、老舗を切り盛りしていた先々代と先代に料理を仕込まれ、ごく自然に厨房を任されていったとのこと。
 「最初はそれほど重圧は感じなかった。お手伝いをする感覚で入っていった」と話す。
 結婚した相手の家が歴史ある看板を掲げる料理屋という現実。私は向いているとか向いていないとか、商売が好きだとか嫌いだとかは全く関係なくその道へ邁進しなくてはならない立場になり、どんなふうに自分の力を発揮していったのか?
  石黒さんは、それほどのことでもありませんよと前置きし、店を開けなければと思えば体もしゃんとなるし、何か嫌なことがあっても一晩眠れば次の日にはけろっと忘れる。悩みを溜めないので身体にもこない。根が強いからやってこられたんでしょうねとさらりと話す。
 お店の仕事は、初代からの石狩鍋の味を変えずに日々提供することや、鮭を素材にした様々な仕込み作業は勿論だが、お客さんにどう喜んで貰えるかという接客も大事な仕事。
 石狩は、観光地や観光の通過点ではないので、わざわざ金大亭の味を求めて遠くから来るお客様が大半。その方々に満足して貰えるように日々精一杯尽くすだけですと続ける。
 お客様にたとえ厳しいことを言われても、それを言われて良かったと受け止め、引きずらないことも大事。家族にも弱いところは見せたことがないと言い切り、これまで「自分に厳しく」という信条で責任を果たしてきたとの思いが言葉の端々に溢れていた。
 老舗を守り続けるということは、体力、気力、忍耐力、そして人間力も求められる。人は、自分が選んだわけではない環境でも、自分の責任としてそれを受け入れることで、相応しい器も作られていくのだと感じた。

石黒聖子さん 気も身体も強いと自称する女将だが、優しく、且つ、戸惑いを含んだ母親の顔をふっと見せたのは、店の今後の存続について話を伺った時だ。
 石黒さんのふたりの娘さんはすでにそれぞれが家庭を持ちそれぞれの生活を営んでいる。
 「私達夫婦は、跡を継ぎなさいという育て方はしてこなかったし、そのことについてどう思っているのかを訊いたこともない。それは彼女達の人生だから」と。
 考えてもなるようにしかならない。とにかく今は、私が元気に日々精一杯続けていくだけ。こればっかりはねぇと、女将と母親の顔を交互に見せていたが、最後に「夢は?」と訊くと、小声でこんなふうに呟かれた。
 「・・・娘が引き継いでくれること」
 初代の頃から、“嫁”と言われる女性達の意志と頑張りにより次へまた次へと繋いできての135年。しかし、時代は確実に変化し、家より個が尊重される今、老舗のバトンの渡し方も変化せざるを得ないのだろう。とはいえ、歴史があるということはその地元の大事な食文化でもある。嫁や娘という“構造的に決められた役割”を超えた何らかが担っていく方法は無いものか。各地の老舗と言われるところが同じような課題に向き合っているとしたらどんな智恵が必要なのだろうとあれこれ考えてしまった。

 石黒さんは苦労話など一切されなかったが、収録後にふとこぼれた一言が印象に残った。
 「厨房を任されるまでの5年間は今振り返っても空白なの。覚えていないの」
 結婚を機に任された役目。その看板と責任は軽いはずがなく、選択肢の無いひとつの道を続けてこられたのは並大抵の努力ではなかったに違いない。
 ひとつの大きな役割を果たして、さて、これから。
 四代目の女将は、今の時代の選択肢を探りつつ、「“どんなふうに”続けていくのか?」という大きな問いかけと改めて向き合って行かれるのだろうと思う。
 「いったい“何故”それをするのか?」という、深い質問とともに。

(インタビュー後記 村井裕子)

HBC TOPRadio TOP▲UP