4月12日放送

 私が18年勤めた放送局を辞めてフリーで仕事をすることを選んだ時、最後に自分の背中を押したのは、「人生は一度きり。それなら心からやりたいほうを選べばいい」という、自分の頭の中に降ってきた言葉だった。
 会社の意向は現場を離れて社内のいろいろな仕事もこなして下さいというものだったが、放送の現場や表現の場でやり残した事がまだまだ山ほどあった。ナレーションも、ラジオからの発信も、大切なことを伝えていきたいという突き上げるような思いも溢れるほど。
 私は何処に向かいたいのか?何を守り何を捨てるのか?何度も問答を繰り返して最後に残ったのが、「人生一度きりだとしたら何を選ぶ?」という問いかけだった。血肉はどうしたってそれまで培ったもので出来ている。突き動かされる思いはきっとそこから出てくるものに違いない。一度決心したら体の底から力も湧き上がってきてさらに背中を押した。
 その選択は、大海にひとり取り残されるようなとてつもない不安とも背中合わせで、ただがむしゃらに泳ぐしか能も術も無かったが、「人生一度きり」との思いで向き合うひとつひとつから気づかされたのは、やはり心を込めた本気の思いが次の出会いを引き寄せるということ。今、あの時こうなりたいと願った場所場所で最も自分らしい役割を果たさせて貰えているのは、誰かに、何かに支えられているのだと心底感謝の思いが湧いてくる。

尾伊端敏さん そんな、もう20年近く前の決心を「ほっかいどう元気びと」の今回のゲストと話していて懐かしく思い出したのは、4月という新スタートの季節のせいでもあるかもしれない。
 新年度2回目の登場は、函館のウクレレ職人 尾伊端敏さん 50歳。
 尾伊端さんは、会社員生活から一念発起してウクレレを製作する仕事を本格的にスタートさせて10年。現在、自宅の隣の作業場で「Oihata Ukulele & Guitars」を構え、ひとりコツコツと弦楽器、主にウクレレを受注製作している。
 職人としての尾伊端さんの思いは、最高品質のウクレレを作りたいということ。弦楽器としては勿論だが、見た目にも美しく、「オーラが漂う」ウクレレを作り出すことだそうだ。その魅力に惹かれてタレントのコニシキさんやアーティスト達にファンが多く、そこからまた愛好家が繋がって、全国にウクレレのネットワークが出来ているのだと、その交友の楽しさも語ってくれる。願わくば、北海道にウクレレ人口が少ないのでもっとその良さや深さを伝えていきたいとイベントなどの開催にも力を入れていると話してくれた。
 なぜにそんなにウクレレなのか?
 尾伊端さんはもともとはギターが好きで高校時代はバンドを組んでいたそうだが、そんな時に楽器店で見たウクレレの印象は「おもちゃみたい」。函館で会社員としての生活を送りながらもギターへの愛情は冷めることなく趣味でフォークギター作りをしていた中、ウクレレに少しずつ興味が湧いていったのは、「ウクレレはいいよ」と何度も言っていた知人の影響だったとか。実際に手に取って心が動いたのは30代のある誕生日。
 「家内がプレゼントにウクレレを買ってくれたんですよね」
 欲しがっていた様子を察したそうで、その贈られたウクレレを弾いてみると、とてもいい音色で俄然興味が湧き、自分ならもっと精密に、高い品質のものを作れるとの思いが突き上げてきて職人の深い世界に入っていったとのこと。
 それまでのギター作りのノウハウを生かしながら、ウクレレ作りを独学で学び、研究し、試行錯誤を繰り返しながら製作を重ね、「これならどの職人にも負けていない」と自分で納得することが出来た段階で、独立して工房を立ち上げたのだそうだ。ウクレレは特に製造法が確立していない分野、自由度が高い分これでもかという程の研究が欠かせない。
 「ウクレレのイメージを超えて、“新しい楽器”を作るんだという意気込みが自分を突き動かした」とも語っていたが、好きだからこそそこへかけるエネルギーも人一倍のものが出てくるのだろう。

尾伊端敏さん 会社を辞めて、好きな弦楽器を作っていくという決心を後押ししたのはどんな思いだったのか? そんな問いへの尾伊端さんの答えが、
 「人生は一度きりですから」
 会社員としての仕事も思う存分やり切ったという思いがあったと前置きして、たとえ失敗したとしても何度でもやり直しがきく。恐れないでチャレンジしようと思ったのだと言う。自分の好きな道を進むこと。それ以外に選択肢にない。それがごくごく当たり前のことといった口調で語っていたのが逆に本気度を表していた。
 作業場に入ると、朝から晩まで作ることに没頭するという尾伊端さん。
 「時間単価はほんとに安い仕事ですけどね」と笑いながら、家族の支えがあっての今の自分ですと感謝の言葉も繰り返す。

 「思い」はやはりその人の胸の裡から発生して、そして、それが何らかの物質となって外側に放出されるのだろう。本気であればあるほど、そしてそこに心が震える感動が混じっていたり、何より感謝の思いが強くなればなるほど、その“純度”も高くなるに違いない。
 目には見えない物質だから、そんなものは無いと言われれば説明のしようはないが、「これでやっていく」と決めた思い、取り組むものが「大好き」という思い、「手にした人に喜んで貰いたい」という思い、皆に「ありがとう」という感謝の思い・・・そういったものが、身近な家族に伝わり、出会った人に伝わり、めぐり巡って自分に還ってくるのではないか。
 何より、楽器というのは「何かを込めることの出来る」媒体だ。作り手の、演奏家の思い。
 「Oihata Ukulele」の人気が人から人へと繋がっているというのは、きっと、作り手の情熱や技の凝縮がウクレレに宿り、人を呼ぶのだろうなと思う。

 「人生は一度きりだから」という問いは、漠然としていた思いをぎゅっと“濃縮”させる。
 その濃い願いが、内側にある力を呼び覚まし、その力が何かを引き寄せるのではないか。
 根拠はないけど、そのほうが俄然心が躍るから、きっとそうに違いない。

(インタビュー後記 村井裕子)

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