3月22日放送

 こんな経験はないだろうか?
 購入する車の色を、例えば「ゴールド」と決めた途端に、街を行くゴールドの車がやたらと目に入ってくるということ。
 子どもが産まれて街に出た人が、あちらにもこちらにもベビーカーや赤ちゃんをだっこした人がいるのが目に入り、自分の住む街にはこんなに乳幼児がいたのか…と気づくというようなこと。
 人の目は、案外、全部を見ておらず、自分が見たいものだけを見ているのだと聞いたことがある。意識し始めた時からそれに対する目は開かれ、世界はこんなふうに出来ていたのかと改めて驚く。そういった具合に人の意識は出来ているそうだ。
 「ほっかいどう元気びと」でお話を伺う面白さは、その「意識の目」が開かれる感覚だ。
 私など単純だから、その度に新鮮な景色を見通せる「窓」が増えた気持ちになり、世の中がさらに楽しくなる。例えば、新聞の記事などで今までは見えていなかったものが新たに目に飛び込んでくる。折茂武彦さんにインタビューし大いに共感してから「レバンガ北海道」の勝敗が紙面から浮き上がってくるように。

谷あゆみさん 今回も、またひとつの視点をいただいた。
 「競馬」というジャンルについて私は全くの門外漢で、レジャーとして見れば最も興味のない分野だが、今回のゲストは「ばんえい十勝」の女性調教師として10年のキャリアの谷あゆみさん 48歳。
 どちらかと言えば、女性が既成の男性社会の中で果敢にチャレンジしていくその奮闘ストーリーのほうに興味があったが、馬を根っから愛する谷さんの話を直接聞いているうちに、馬の体温や息づかいといった大型動物の魅力が頭の中で映像とともにイメージされていき、なぜ「ばんえい競馬」を支えていきたいのかの思いからいくつかのキーワードが腑に落ちていった。

 奈良県出身の谷さんは、小さい時から動物好き。大学は帯広畜産大学を選んで北海道に渡ってきたというから、もうそこから「馬に関わる馬人生」は始まっていたのだろう。浦河の谷川牧場で馬に関する知識と実践を得て、たまたまばんえい競馬を帯広で観たことからばん馬のとりこになり、厩務員という仕事を経て、さらに調教師の資格取得にもチャレンジしたのだという。
 ばんえい競馬を生で観るまでは、谷さんの認識も「競馬=ギャンブル」。特に興味はなかったそうだが、実際の迫力を間近で感じたことと、生産者の視点になったことでその意味と魅力に気づいたとのこと。
 その頃は、ばんえい競馬の存続が取り沙汰された時期でもあり、谷さんは「ばんえい初の女性調教師」というやや色眼鏡的な注目を逆手にとって継続のアピールに力を注いだのだそうだ。なぜ赤字になっているのか、どこに問題があるのかをひとつひとつ訴えていったのだ、と。

谷あゆみさん なぜ、そこまでして「ばんえい競馬」を残したいのか?
 その答えが、私の中ではとても新鮮で、なるほどと目が開かれる思いだった。
 「ばんえい競馬存続への思いは人によっていろいろあるが、私の思いとして……」と前置きして、「馬をこの北海道にずっと残したいという思い」と言う。
 ばんえい競馬が無くなれば、かつて農耕馬として活躍した馬が北海道からいなくなる。馬の生産が肉としてだけになっていいのか。馬のいる北海道の素晴らしさを残すべきではないか、と。
 「北海道の開拓には農耕馬の力が欠かせなかったわけですものね」と問いかけると、
 「その血が流れているのがばんえいのばん馬。脈々と続いてきた歴史を繋ぎたい」と力を込めた言葉が返って来た。競馬はブラッドスポーツ。血筋を繋いでいくというのは、サラブレッドがお馴染みだが、ばん馬も開拓時代から途切れることなく続いてきた血の継続なのだ、と。

 この地球上には、人間しか住んでいないと錯覚して傍若無人の振る舞いをしてしまうと、生き物のひとつの種類である人間も滅びの一途を辿っていくだろう。
 そして、現代の私達が、「今」に繋がってきた「過去」に思いを馳せることを忘れてしまえば、かけがえのない大切なものも途切れてしまうだろう。
 そんなふうに、歴史が育んだ文化という「窓」で「ばんえい競馬」を観る奥深さということが、今回いただいた視点だった。

 奈良で生まれ育った谷さんがふと表現した一言。
 「案外、北海道に住んでいる人達が、北海道の素晴らしさに気づいていない」

 人はけっこう見ているようで、見ていない。
 自分が見たいようにしか、見ていない。
 見えていないところに「宝」が埋まっていたとしたら、なんと残念なことか。

 新しい景色を見通せる窓、それを開ける鍵は、人が語る言葉の中にある。

(インタビュー後記 村井裕子)

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