2月15日放送

 2月1日のこの欄で「レジリエンス」という概念に注目していると書いた。
 「精神的回復力」や「復元力」などと訳される心理学用語で、「外力による歪みを跳ね返す力」とも表現され、この番組「ほっかいどう元気びと」の出演者達はまさにレジリエンス力の宝庫。おひとりおひとりからその源を引き出していきたい、と。
 そして、このキーワードは人の中の力ということだけに限らず、災害に見舞われた地域などが立ち直る力という意味でも広く使われているということも知り、まさに時代が要請した概念なのだということにさらに興味を覚えた。
 元々の言葉の起源は物理学からで、意味はシンプルに「反発力、弾性力、回復力」なのだそうだ。なるほど、心理学的な視点の時にも、例えば弓のような弾力を物理学的に思い描くと、ここぞというときにぐぐっと踏ん張れば跳ね返す力が増すのだとイメージしやすい。しなりが強ければ心もポキンと折れずに復元する。
 元を辿ると、その概念が腑に落ちやすくなる。

鈴木一史さん 私達が、日頃「活力」や「気力」といった心理面でよく使っている「エネルギー」という言葉も、元々は「物体が仕事を成しうる能力」という概念の物理学からきている。心理と物理とを擦り合わせてみたら・・・今回のインタビューで実に面白い気づきに繋がった。
 2月第三週の「ほっかいどう元気びと」ゲストは、観光人力車「えびす屋小樽店」で引き手のひとりとして活躍する鈴木一史さん 33歳。
 聞けば、観光人力車の発祥は京都嵐山で、現在、全国9ヶ所に「えびす屋」の店舗が出来、小樽店でも特別な悪天候の日以外は冬でも観光客に小樽を楽しんで貰おうと毎日営業しているのだそうだ。
 鈴木さん、引き手の仕事はよく体力のことを凄いですねと言われるけれど、それよりも、こちらから人に声を掛け、安心して乗っていただき、あなたに案内して貰って良かったと言って貰える「人間力」の方が問われるのですと言う。
 それぞれの引き手のパーソナリティーを生かしてお客さんに乗って貰える努力を欠かさないことが大事と話し、鈴木さんは、去年、ご当地検定「おたる案内人」の最高位であるマイスターに合格。小樽観光のさらにその奥のバックボーンまで知って接することで、よりお客さんに満足して貰いたいと笑顔で話す。

 実は、人と接するのは苦手な方だったと言う鈴木さん。葛藤の時期を乗り越えて今がある。
 元々は、山形の大学院で物理学の研究をしていた鈴木さん。「宇宙から来る電波の角度を計測する機械設計」なるものを研究テーマにしながら、遥かなる宇宙に関わる職業も目指していたそうだが、次第に方向性を見失い、自分を追い詰めてしまい、葛藤の末に大学院を辞めて故郷の函館に帰ったとのこと。
 周りの人に相談するとか、助けを求めるとか、人との関わりも苦手だったために、さらに自分を消耗させてしまい、心底疲れ果ててしまったのだと言う。
 半年ぐらいは全く動き出せなかったが、こもってばかりもいられないと手に取ったアルバイト情報誌でふと目に付いたのが「人力車」の文字。
 その時、なぜ、人との関係性が苦手な自分が人と接する仕事を選んだのか、今考えてもわからないと話すが、電話一本をかけたことをきっかけに、すべてが流れるように決まっていき、アルバイトから正社員へ、函館店の廃止から小樽店へと繋がっていったのだそうだ。

鈴木一史さん その、心身が疲弊して内にこもっていた状態から、なぜ、一歩が踏み出せたのだろう。
 なぜ、コミュニケーション力のハードルの高い仕事を選べたのだろう。
 そんな興味を持ちつつ、私はこういう質問をしてみた。
 「負のエネルギーの状態から、プラスのエネルギーに変えていくのは大変ではありませんでしたか?」
 鈴木さんは、エネルギーというワードに反応し、こう答えた。
 「物理学から言うと、負のエネルギーと正のエネルギーは、両極端だけど同じもの。ちょっとしたきっかけで逆転出来るものだから、使い方ひとつで変えられるということかな」
 自分でも、そのきっかけ自体は何だったのか説明が出来ないものだが、情報誌を見て電話一本かけられたのがすべての始まりだった、と。
 私は、その言葉にすごく納得して大きな相槌を打ったが、膝も叩きたい位の共感だった。
 そう、マイナスもプラスも向かう方向が違うだけで同質のものなのだ。使い方ひとつでスイッチ出来る。気持ちは単純では無いが、不意に訪れるきっかけやメッセージを逃さないことでプラス方向の軌道に乗れることがある。
 そして、面白いのは深く悩んで負のエネルギーに浸かった人は、ひとたびきっかけを掴むと、とてつもなく大きなプラスのエネルギーを発揮することがある。悩む人ほど、その分、反転も大きいのだ。

 鈴木さんは、一旦方向性を見失ったとしても、きっと、ご自身の中に柔軟な「弾性」があったのだろう。いわゆるレジリエンスの高さ。負の思いを自分で受け止め、きっかけを掴んで行動し、人と向き合う仕事によって、元気を貰い、与え合い、プラスのエネルギーに変えていけたのだろう。生身の人と袖すり合って、言葉を交わし合うことにより何かが引き出され、ご自身が言うように「人間力」を身に付けたのだろう。“居場所”を見つけられると、人は自分からプラスのエネルギーを出していき、周りの空気をもプラスに変えていく。

 人は生きていく過程で、「撤退」があってもいい。もし、その今いる場がどうしても合わなければ、どうしても自分を守れなければ、「逃げる」選択だって構わない。 
 弓のようにしなりながら元に復元する自分づくりこそが大事なのだと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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