1月25日放送

 「人はどうより良く変われるか」というのは、私が最も関心を寄せている探求テーマのひとつである・・・というのは、この欄でも書いたことがある。
 人はどんな気づきを得て自分で自分を変えていけるのだろうか。どんな体験が最も人を成長させるのだろうか。変えられる人、変えにくい人の差は何処にあるのだろうか。
 ひとりひとりの取り組みの思いを聴かせていただく「ほっかいどう元気びと」は、まさに自分を変えることを厭わない人、それを素直に受け入れられる人の宝庫だ。
 変化はエネルギーを生み出す。それは周りにも影響力を持つ。特に今回のゲストは、「自分は北海道でのこの経験で全く違う人間になった。以前とは真逆。自分でもびっくりしている」と、ご自身でも思いもよらなかったというビフォーアフターを語ってくれた。それがとても潔くて、なんだかとてもチャーミングで、ぐいぐい話に引き込まれていった。

折茂武彦さん その、チャーミングな素顔の持ち主は、北海道のプロバスケットボールチーム「レバンガ北海道」の選手として活躍する折茂武彦さん 44歳。運営会社の「株式会社北海道バスケットボールクラブ」の代表取締役でもある。
 経営破綻した「レラカムイ北海道」を引き継ぎ、北海道からプロバスケットボールの灯を消してはならないとの決心で「レバンガ北海道」を立ち上げたのが2011年。選手の経験しかしてこなかった折茂さんが、そんな強い覚悟を決めたのは、企業チームである「トヨタ自動車」からプロチームであるレラカムイに移籍した時に、なんて北海道のバスケットボールファンは熱く、こんなにも気持ち良く支えてくれるのかという感激を覚えたから。この地で、絶対プロのチームを残すんだという思いで、とにかく前に動き出していたと言う。
 そして、その創設後3ヶ月間位のことは、振り返っても覚えていない位の精神的過酷さだったそう。北海道でプロに転じる以前の選手時代は運営費の潤沢な企業チームに守られ、周りからは華やかなスター選手として持ち上げられたが、一転、選手兼経営者としての重圧がのしかかる日々。まず眠れなくなり、ひっきりなしの電話の音に具合が悪くなり、テレビの音に神経が拒絶してしまうほどの精神状態。沢山のことが処理出来ず、いっぱいいっぱいの中で、自分の心がどうにかなるのではと不安の渦中にいたと言う。
 これは、インタビュー終わりの「宝もの」の聞き取りの時のやりとりなのだが、
 「そのどん底から浮上出来たのは、何がありましたか?」と訊くと、その時、単身赴任で1人住んでいた部屋に知人友人が心配して入れ替わり立ち代わりやって来てくれた。スター選手が状況が変わった途端に、人がサーっと引いていくということを沢山見て来たが、自分にはこんなにも支えてくれる人がいたのだと心底感謝をしたということをしみじみ教えてくれた。今の「宝もの」は、勿論「人」です、と。
 折茂さんは、「北海道じゃなければ、こんな決心は出来なかった。やはり、北海道の人達の思いは熱い。北海道に支えられているのを実感する」と、熱い思いを吐露する。
 そして、前述の「僕はこの経験で全くの別人になりました」と繰り返す。企業チームにいた頃は、自分のことばかりで人のことなんて全然考えられなかったし、恩を返すなどという考え方は出来なかった。40歳過ぎて初めて人間的に成長したんじゃないかと自分で思えたと、素のままの折茂さんから素直な言葉が溢れ出てくる。
折茂武彦さん とは言え、思いがけない試練に立ち向かえたのはそれまでに培ったご自身の中の何か大きな力があるはずと思い、それを訊いてみると、
 「自分にはコミュニケーション能力はある。一貫してバスケを通じて、後輩の相談にのったり、キャプテンとして取り組んだことも培った力かな」と話し、もうひとつ、「嘘はつかないと決めている」と続ける。「嘘はばれる。信用されないとなにも始まらない。嘘をつかなければ皆でなんとかしようと思ってくれる」ときっぱり語った。
 全く違った人間になったとは言え、その人のより良い「資源」は案外変わらない。そして、何かの化学反応でその「良い資源」は強化されその人の中で揺るぎない核になる。試練を経た折茂さんの中のそんな価値ある資源が最も必要な時に人を引き寄せたのだろうと感じた。
 「苦難よ、有り難うですね」と伝えると、
 「いや、振り返ってそう思えるにはまだまだ早い。苦難は続いている。レバンガ北海道はこれからなので、自分が今の立場でやらなくてはならないことが山ほどある」と表情を引き締める。そして、今問題になっている2リーグ制に関しても、子どもたちがプロバスケットボールを職業として目指せるようなものにきちんとしていかなくてはならないと言い、経営者と選手の両方の気持ちがわかり意見を言える自分だからこそ出来ることがある。プレーヤーとして踏ん張り続けているのはそういう意味もあると、統合問題が片付くまではと目標を見据えた自身の役割についても真摯に語ってくれた。

 私は折茂さんにこんな質問もしてみた。
 「あなたが一生を全うした時、どういう人だったと周りの人に言われたいか?」
 ドラッカーの「あなたは何をもって憶えられたいか?」を聞いてみたかった問いかけだが、折茂さんは即座に首を振り、それは全くないと言い切った。
 「自分がどうのこうのとかは全くなくなった。むしろレバンガ北海道がずっと長く存続出来ることの方が大事で、選手がバスケットのことだけを考えられる環境をしっかり作って自分が身を引いてもいいと思っている。チームは僕のではなく、北海道の皆さんのチーム。僕はただただそれを残せればいいだけなんです」と。

 人の生き方に、「利己か利他か」というのがある。折茂さんは、北海道という場所で「利他」の力が存分に開拓され、それだからこそ人に支えられる今があるのだと思う。
 レジェンドとは、言い換えると「人間力の集積」だ。その中には数知れぬ悔しさや辛さや我慢がある。そんな中から繰り出される言葉がひとつひとつ胸に染みた出会いだった。

(インタビュー後記 村井裕子)

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