11月30日放送

 「木を植えた男」という一冊の絵本がある。
 ジャン・ジオノ作、フレデリック・バック絵(あすなろ書房)。ひとりの男が戦争で荒れ果てた土地に不屈の精神で木を植え、半生をかけて人々のために森を再生していく物語。主人公エルゼアール・ブフィエのひたむきさ、志の深さは勿論、孤独と向き合う強さや勇気をも感じられる、大人にこそ読んでほしい一冊だ。
 今回の「ほっかいどう元気びと」のゲストは、「ちいさなえほんや ひだまり」の店主の青田正徳さん(62歳)。青田さんも“木を植える人”のひとりだ。目には見えない木の。

青田正徳さん 青田さんは、42歳の時に、札幌市内の絵本専門店が閉店してしまうということを聞きつけ、その唯一の存在の消失はその街の文化を痩せさせてしまうこと、そうしてはならないとの使命感にかられ、それまでの絵本販売の仕事を辞めて個人の絵本専門店を立ち上げた。それが、今まで20年継続させている「ちいさなえほんや ひだまり」の最初のスタート。初めは喫茶店の一角に置いて貰った店を、手稲区新発寒の一軒家に移して、気軽に来てほしいからと靴を脱いで畳に上がって貰うという家の延長線上の居場所を作り上げた。
 最近のお客さんの層について青田さんは、「本に関しての意識の高い方が家族でいらして、お父さんが赤ちゃんを抱き、お母さんが絵本について熱心に訊ねるという光景が多くなってきた」という。そんな家族を見るのが、そして、沢山の思いが詰まった絵本を彼らに紹介して喜んで貰えるのがほんとうに嬉しいのだということが伝わってくる。

 約2500冊の「ひだまり」の書籍は、青田さんが調べ、取り寄せ、じっくり自分で読んで選んだもの。青田さんが言うには、世の中に出ている絵本のすべてがいいとは限らない。想像力を膨らませ子供の人格形成にいい影響を与えるのはせいぜいその2割。その「ほんもの」の絵本を届けたいのだと思いを込めて語る。
 「いい絵本とは?」という問いに青田さんは、「オリジナリティー」「リアリティー」「ヒューマニティ」があるものとし、絵本の世界観と役割をこんな表現で語る。
 「絵本を読むと体温が上がる、心が暖まる感じがする。それは知識を得た喜びではなく、現実の世界ともうひとつ違う世界、想像する世界を感じられた喜びを得られるから。いい絵本というのは、普段私たちが想像する世界を遥かに越えるものを持っている」
 そして、絵本は本質を書いており、希望がきちんと込められていると続け、さらに、作者に対する関心や時代背景への関心が深まることで点が線に繋がり、自分が今まで生きていることがこんなに喜びなんだと自分にどんどん返ってくる気がすると、熱く語る。

青田正徳さん 「大切なことは、目に見えないんだよ」…というのは、サン=テグジュペリの「星の王子さま」の一節だが、青田さんの仕事はまさにこの「目に見えない大切なこと」を厳選して、人の、特にちいさな子供達の意識に柔らかく植え付けていく役割だ。見えない苗を植え、青々と育てた木々の中人々が深呼吸して英気を養えるように、目に見えない森を想い水やりを続けていく。
 志や情熱がなくてはならない仕事だが、勿論それだけではうまくいくものではない。ちいさな本屋の経営は厳しく、何度も危機を迎えたそう。
 青田さんの心に今も残るのは、もうほんとうに無理かもしれないと思った15年前。この活動に共感してくれていた人達、特に子供を持つお母さん達がひとりまたひとりと「ひだまり債」に協力してくれ、そのお陰で何とか生き延びることが出来たと、人に支えられた道程だったということも語ってくれた。

 だが、その頃はまだいろいろなことが今よりもよかった時代だったと、青田さんは今後の世の中を心配する。インターネットやスマホの急激な発達や表層文化がもてはやされているマスコミの現状では、どんどん「ほんもの」が消えていく。それに触れる機会が減るということは、文化がさらに痩せていくということだ、と。
 そこに希望はありますか?と訊くと、一瞬考えた後で明るくこう言い切った。
 「人は人に伝えることで、ちゃんと伝わるんです」
 だから、お店でお客さんの顔と向き合いながら良き本を紹介したり、足しげく各地を講演で回り、集まってくれた人達に直に絵本の素晴らしさ、その力を伝えることで共感は必ず繋がっていくと話す。
 その使命感はどこから来るのだろう。改めて「この仕事を始めようと決意したのはどういう思い」だったかを訊いてみると、「私は感情先行型ですから、自分でもよくわからない。思ったらもう走り出していますから」とにこやかに笑った。

 「木を植える」テーマの物語で印象的なもうひとつに、宮沢賢治の「虔十(けんじゅう)公園林」がある。
 ジャン、ジオノ版「木を植えた男」のエルゼアール・ブフィエと決定的に違うのは、虔十は意志の力で木を植え森を作ろうとしたのではない。なんだかわからないけれど突き動かされるように杉の苗を植えていく虔十。自然の中でのその作業自体に心底喜びを感じている虔十。家族以外の周りの人達が虔十はちょっと足りないから…などとバカにしたり反対したりしても、構わず黙々と木を植えていく。
 次の世代の人達がその森から沢山の恩恵を受けるというところは、ジャン、ジオノの結末と似ているが、宮沢賢治は、虔十のやったこと(突き動かされるように人がやらぬことを成し遂げたこと)は、「十力(ほとけのそなえる十種の力)」の作用であると締めくくっている。つまり、人間の力の及ばない仏の力によるものだ、と。さらに言えば、その人の「仏性」がそうさせたということなのだろう。

 青田さんの中には、「エルゼアール・ブフィエ」もいるし、「虔十」も確かにいる。
 前回ここで書いた「一隅を照らす」と同じように、「あなたは、どんなあなたの木を植えますか?」という見えない声に気づき、それに応え続けていくことこそが、それぞれの“生きる意味”と真摯に向き合い続けることになるのかもしれない。

(インタビュー後記 村井裕子)

※青田正徳さんお薦めの3冊は…
・青田さんご自身にとって絵本のベスト1という「スーホの白い馬」
・20年読み聞かせを続ける「いいこってどんなこ?」
ジーン・モデシット作 もきかずこ訳
・青田さんが最も影響を受けたという“魂の伴侶”星野道夫さんのエッセイ「旅する木」

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