11月23日放送

 人の趣味嗜好は実に様々だが、日常生活の中で深く言葉で表現して貰う機会はそんなに多くはない。あの人はなぜそれが好きなのか、どうしてそんなに惹かれているのか…。その思いの根っこを手繰り寄せていって自分の深い根っこにある思いとも繋がっていると確認できることは、人と共に生きている中での大いなる喜びだ。

小原恵さん 今回の「ほっかいどう元気びと」は、札幌軟石アテンドとして活動する小原恵さん(41歳)にインタビュー。小原さんは、札幌軟石に魅せられ、切り出された石の端材を使って雑貨や小物を作り、多くの人にその存在を知って貰おうという取り組みをしている。
 なぜ石?…そもそもどうしてそんなに石に熱くなるの?光ってもいない、きれいな色をしているわけでもない「札幌軟石」に一体何があるの?…そんな思いを投げ掛けてみた。
 小原さんは、「軟石って、触ると温かみがある不思議な石なんですよね」と、例えば、包容力のある父親のことでも話すように軟石を語る。軟石を使った建物を街で見かけると思わず触れてみたくなるのだとか。2年ほどバスガイドの仕事をし、その後、マーケットリサーチの仕事をしていた小原さんは説明をするのがとても上手。札幌軟石の魅力をひとつひとつ楽しそうに語ってくれた。

 …そもそも、小さい頃からなんとなく石に興味があった小原さん。縁あって軟石を切り出す「辻石材工業株式会社」に入り間近で見るうちに、切り出された後に残る端材のことが気になり始めたという。掘り起こされる前の巨大な石の山も4万年前なら、必要な石を切った後に出る端材だって4万年前のもの。言ってみれば、そのどちらも札幌の歴史を形作ったのと同じ天然からの贈り物。それを何かに使えないかと思ったのだそうだ。身近に置いて使えるものを作ることで、思いを馳せてもらえたら…。
 そんなふうにして明治の時代には石造りの建物が札幌の街の個性を演出していたことや、そこから繋がる自然が確かにあるのだということを伝えたい気持ちが強くなっていったのだという。加えて、明治から繋がってきた石職人の技も途絶えさせてはいけないとの思いもあったそう。
 強い思いは人を引き寄せる。古き良きものを“有形”、そして技術という“無形”でも残したいという思い。小原さんの取り組みは出会いを呼び、現在は「株式会社 やよい」に移ったことで軟石から小物を作る作業が障がい者の就労支援へも繋がり、自分は“他力本願で”ここまでこられたと嬉しそうに話す。

小原恵さん 「改めて、札幌軟石の魅力は?」と訊いてみるとこんな答えが返ってきた。
 札幌軟石は4万年前の火山活動で火砕流が固まって出来たもの。その時に出来たのが支笏湖。札幌や北広島、恵庭などにも流れ、あちこちで同質の石が採れる。それを開拓時代、外国人が建築に生かすことをアドバイスしてくれたおかげで特に北海道にその文化が強く根付いたことが興味深いのだと。そんなきっかけが無かったらただの石、ただの崖だったかもしれない。それがすごく面白い。そして、人を魅了しているところが何故なのか解けない疑問であるのも面白いし、解らないけれど魅せられているものにわいわい人が集まって話そうじゃないかという空気が少しずつ広がっていっているのが何とも言えず魅力的なのだと、石への思いが溢れる言葉になっていった。

 軟石が生み出された背景にある壮大な存在やそれを作り出してきた時間。それらを感じられるかどうかは、イメージする力だ。過去があって今がある。地球という自然の存在があって今の私達の暮らしがある。石や木といった何気ない存在は、その絶好の触媒。そこを繋げて楽しめる想像力を人と分かち合えるということが小原さんの原動力なのだと伝わってくる。
 収録後の聴き取り。「あなたの宝ものは?」のやりとりをしていた時。小原さんは、ふと、こんな興味深いことを呟いた。
 「なぜだか、全般的に、私って“廃材”に興味があるんです」
 かんなくずや煉瓦の残りを見ると、何かに使えないかと考えてワクワクするのだそう。
 「さっきまで木だったのに、かんなくずになった途端にゴミと言われるのはなんかかわいそう。何かに使えないかと、いつもそんなことを考えています」と。
 そのままだと朽ちていくものを、身近な生活に取り入れて自然を感じることはとてもかっこいいと思うと力を込める小原さん。そして、そんな視点をもっと取り入れると,札幌はもっともっとその土地の自然素材を楽しむ暮らしが出来るはずと、石への思いの底にある自然観もはっきりと伝わってきた。

 何度もここで引用するが…今の時代にこそ必要な人だと私が思う宮沢賢治は、生まれ育った岩手の風土の中で“自然と生きものの繋がり”を説いたが、大の石好きでもあった。子供の頃から、人呼んで「石っこ賢さん」。長じて鉱物学を専門に学び、蛋白石、金剛石、黒曜石などという石の名前が賢治作品にはよく出てくるが、地元久慈の特産の琥珀にも造詣が深く、なんでも、質の高い良質な琥珀以外の“下等琥珀”を利用してその再生品を作ろうとしていたという。
 まさしく“端材”利用。志半ばでそれを形にすることは出来なかったが、その時賢治が考えていたものとみられる「琥珀を真空状態で溶かし固めた再生琥珀」は、今現在製品化されているそうだ。
 地球が生み出したものの欠片に想像力を働かせ、その壮大な時空のスパンで生命を考えるという視点。それはこれから益々大切になっていくだろう。
 そんな、深堀りしないと発掘出来ない人の思いを「ほっかいどう元気びと」で掘り当てる。それこそ、私にとっての心ときめく“宝探し”だ。

(インタビュー後記 村井裕子)

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