11月16日放送

 10月の末から4~5日、亡き母の生まれ故郷を辿る夫婦ふたり旅をしてきた。
 帰りたかったであろう場所を訪れ、母と繋がる懐かしい人達に会う心豊かな日々だったが、風邪を引くというお土産も持ち帰ってしまった。身体を騙し騙し講座を1日3回こなした後、声が全く出なくなる。翌々日にはまた地方講座に出向くも完全に“失声”状態。実践型のワークショップなどを取り入れてしのがせて貰ったが、更なる問題はその翌日の「ほっかいどう元気びと」収録。薬は勿論、吸入や出来うることすべてをし尽くすも、迷惑をかけたらどうしようとの底知れぬ不安が押し寄せる。スタッフからの「根拠は無いけれど…絶対大丈夫!」のメールで力を貰い、「絶対大丈夫」と唱えながら眠りに落ちたその翌朝。恐る恐る試してみると…出る!空気混じりの声ではあるが、なんとかインタビューは出来そうだ。有り難い!
 うまく言えないが、スタッフを始めいつも温かく支えてくれているすべての人達が力をくれたのだと、心の底から感謝をした。勿論、目に見えない何かにも。

下河ヤエさん そんな中、お迎えしたのが今回のゲスト、白老町在住の下河ヤエさん 76歳。
 こんな声でごめんなさいと詫びながらインタビュー開始。
 下河さんは、48歳から「アイヌ民族博物館」に勤務したのをきっかけに、得意の裁縫を活かしてアイヌの民族衣装「ルウンペ」の複製に取り組み、去年、白老町指定無形民俗文化財 伝統文化継承者に認定されている。これまでに縫い上げたのはおよそ300枚。アメリカのスミソニアン博物館にも収蔵されるほどの芸術作品の製作者だ。
 下河さんは、手提げから「すべて手縫いなのを見て貰いたくて」と、手掛けたアイヌの民族衣装や前掛けなどの小物を出し、また、白老や登別などのアイヌの人達が伝統の儀式などで着たという「ルウンペ」を複製した写真を見せてくれた。
 実物を見ると、縫い目の緻密さや刺繍の正確さ、芸術的な模様の繋がりなど、その手縫いの熟練の技にため息が出る。それも、人から教えられたのではなく、博物館の学術資料などから自分で型紙を起こして作ってきたということにも驚き。

 「そもそも…」を訊いていくと、下河さんがそのような活動に入っていったのは、「アイヌ民族博物館」に勤務するようになってからのこと。最初は案内をしたり、古式舞踊を覚えて披露したり教えたりする中で、自分の着るユニフォームの民族衣装は自分で縫おうと思い立ったところから評判を呼んで次々に頼まれていったとのこと。
 もともとは専業主婦だった下河さん、働きに出たきっかけはご主人が病気で倒れたため。とにかく生活していかなければならなかったと言う。だが、そのうちに複製の手仕事が楽しくなり、皆にも喜ばれ、役割感が増していく。

 「あなたの宝ものは何ですか?」と訊くと、「アイヌの人達のことを知ったこと。それが人生で最高の宝もの」と胸を張って答える。伝統の衣装を縫うという“身に付いたこと”は失われない。そんな自分になれたことが幸せですと言い、自分の内側にあった才能がこの出会いで存分に引き出されたことが誇りであるのだということが伝わってくる。
 そして、狩猟民族だったアイヌの人達の自然に対する考え方、植物など全部採り尽くさないでまた来年に希望を繋ぐという暮らし方などからもほんとうの豊かさを学べたと話す。
 「だから主人には感謝です」と。

下河ヤエさん 下河さんはお見合い結婚だったと言うが、ご主人がアイヌの方だったということを知るのはずっと後になってからとのこと。祖父母の代で四国から入植。父親は開拓農家。
 「アイヌの人達のことも全然知らなかったの」と、優しかったというご主人のことを懐かしそうに話す。
 たまたま繋がった自分の人生の道。導かれるままに自分の内側に持つ力を発揮できるのは、それこそ「生きる意味」だろう。それを見つけられるか否か。下河さんが信心により守り続けたというモットーにそれが表れていた。
 「今いる場所で、必要な人に」
 与えられた場所で“なくてはならない人”になるべく力を尽くし、そして、周りの人にも感謝できるというものの考え方こそ自分も周りも生かすことが出来るのだと伝わってくる。
 天台宗を開いた伝教大師最澄の精神を表した言葉に「一隅(いちぐう)を照らす」という深い言葉がある。面白いのは、東洋ばかりではなく今話題の心理学者アドラーも、「社会の分業のなかでその人に割り当てられた場をその人がどのように果たすかによって人の価値が形成される」という意味のことを言っている。
 シンプルだけれど誰にとっても大切な真理に気づくと、それが人生を根底から支える。
 人は皆何かの役割を果たすために生まれてきた。であるならば、自分に割り当てられた世の中の片隅を自分の役割で一心に照らしていくことで,その答えに近づいていく。
 下河さんにとっての「一針一針」は、形は違えど,私達ひとりひとりに与えられている「一針一針」だ。それはどんな「作品」を作り上げるだろう。ひとりひとり皆違うから、この世は尊く、美しい。

 そして、そういうささやかな「一隅」に愚直に取り組む姿勢を積み重ねていくことで、ここぞという時に何か大きな力がもたらされるのではないだろうかと、私もおぼろげながらに感じている。
 そんな思いを共有出来、いつも心で支えてくださっているある女性が、収録後、私の声の不調を気遣い、無事の終了を労うこんなメールを送ってくれた。
 「現実には思いがけない困難があるもの。困難に直面したときの対応にこそ本物の『力』がためされるのではないでしょうか」
 話す仕事でありながら声が出ないという忸怩たる試練が、人の温かさを実感し、力を貰い、沢山の学びとなって返ってきたのだということに気づかされた瞬間だった。

(インタビュー後記 村井裕子)

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