11月9日放送

 幼い頃の故郷を思い起こしてみると、不思議なくらい鮮やかに近所の町並みを覚えている。幼稚園に入るか入らないかの頃の記憶は特に輪郭がくっきりとしていて、今でも商店のひとつひとつを思い出せるほどだ。
 地方の小都市のどこにでもあるような町。おばあさんが毎日手作りしている餅菓子屋さんに、たばこ屋さん、酒屋さん。鍋を持って朝に出来立て寄せ豆腐を買いにいくお豆腐屋さん。大好きなポン菓子が置いてある赤いポストが目印の駄菓子屋さん。そして、焼きたてコッペパンの切り目にその場でバターやジャム、ピーナッツバターを塗って渡してくれるパン屋さん。……昭和30年代、それまでの魚屋さんなどが総合食品業、いわゆるスーパーやストアに店を拡大し始めた頃ではあったが、買い物カゴを手にお店の人との言葉のやり取りが生きていた時代だ。
 子供は数百円を手に「おつかい」に出され、緊張しながらも大人に問われて話せるようになったり、社会の仕組みを知ったり、買い物そのものが足し算引き算の勉強だった。時には誉められ、時には叱られる。地域全体が小さな学校だったなあと、育んでくれたおばちゃん、おじちゃんたちとのやり取りを懐かしく思い出す。
 そんな商店が少しずつ姿を消し始めたのは、我々昭和30年代組が大人になって町を離れる頃。戻ってみると大型スーパーが誇らしげにその町の拠点になったりしていた。もっと大人になって今、地方の町が辿った道は正しかったのだろうか、今尚地方が出来ることは何なのだろうかと改めて考えたりしている。

古内一枝さん 今回の「ほっかいどう元気びと」は、そんなふうに時代が変わろうとも地域に支えられながら土地に根ざして頑張っている町の商店のひとつ、札幌市南区石山の「スポーツショップ古内」。ご主人亡き後も「地域に頼りにされる店を」というポリシーを引き継いで、後継ぎの息子さんたちと奮闘している、代表取締役の古内一枝さん 67歳。

 「スポーツショップ古内」は、1978年にスポーツ店に勤めていた夫が独立し、夫婦二人三脚で作り上げてきたお店とのこと。手先の器用なご主人はラケットのガット張りやグローブの修理などを、妻の一枝さんは3人の子育てをしながらも外商を引き受けるなど、ふたりの役割が発揮された店作りだったと一枝さんは語る。
 「奥さんだからと奥に引っ込んでただいらっしゃいませだけを言っていては駄目だと思いました」と歯切れのよい口調で言い、外に出て行動してみたことでほんとうにいろいろなことが学べたのだと、特に女性にとって新しい世界を知ることの大切さをその体験から力説する。
 2008年に病の床にあったご主人が亡くなってからも失意を乗り越えてお店を存続させてきたのは、男であろうが女であろうが「やれば出来る」という強い思いを持つということと、その思いを行動に移すちょっとした勇気があれば前に進んでいけるという経験則からなのだということが伝わってくる。
 ひとりになってもお店を続けようと思ったのは、息子さんの跡を継ぐ決心が何より大きかったとのことだが、その頃、周りの人からかけてもらった言葉も大きかったとも。
 「古内さん、自分だけの店だと思ってるでしょ。でもそれは違う。あんたには使命があるんだよ、社会的な使命が」
 そう言ってくれたのは、以前お世話になったという校長先生。子供たちが頼りにしているのだから身体に気を付けてちゃんと店を続けてくれないと…という言葉に、そんなふうに見ていてくれた人がいたのなら頑張らなくてはと力が入ったと話してくれた。店は簡単に潰せない、潰さないと役割を再認識した瞬間だったと。

古内一枝さん 古内さんのお話からは、「恩返し」という言葉が繰り返され、「地域のために」「石山のために」「町の商店の活性化のために」といった表現が何度も出てくる。そして、だからこそ大事なのは「地元の子供たちのために、町の商店として何が出来るか」という思い。
 古内さんは、お店の役割として修理などいつでも頼りにされる店作りやスポーツ大会の主催は勿論のこと、「日々子供たちと挨拶を交わし、何が欲しいのか、どうして欲しいのかを子供の方から話せるような関わり方をしていくのも大事なこと」と話す。
 一言も話さずにものが買えるなんて、それは子供を健全に育成することにはならないと、明るくさりげなく言葉を引き出すような接し方を心がけているという。
 それはご主人のモットーでもあったのだそうだ。
 「うちは、ものだけ買って貰って子供たちを育てているわけではない。それも地域の店の責任なのだ」というご主人の志が店の核になっているということが伝わってきた。

 インタビューをすべて終えた後だ。古内さんからこんな“温度の高い”言葉が溢れてきた。
 「うわ~、ほんとうにいろいろ引き出された。何より、私ってこんなに主人に感謝の思いを強く持っていたなんて…今、初めて気づいた。あんなに喧嘩もしたのに…」
 向こうで喜んでくれていると思いますと、ご主人がいらっしゃるであろうちょっと上の方を見てすっきりした表情をされた。

 きっと、自身の心の奥底の水をインタビューというフィルターを通して見つめることで、「夫への感謝」という深い無意識の思いが“かたち”として浮き上がってきたのだろう。
 インタビューの「view」は、「眺める」という意味だ。問われて、話すことにより、何か大事なことが見えてくる瞬間がある。
 話すことによって「大切な人への感謝」が浮き彫りになり自分の中のより良い心模様が新たに見えたとしたら…インタビュアーとしてこれほど幸せなことはない。

(インタビュー後記 村井裕子)

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