10月26日放送

 地方都市である札幌に独自の出版社があるのを以前からとても気になっていた。その名は「柏艪舎」。
 出版業界は今大変だ。おそらくはこじんまりしたスペースの社内に文学好きの人達が熱い志で働いているのだろう…と、内心エールを送っていた。
 そんなある日、道新に「原稿募集」の公告。「犬にまつわるちょっといい話」というテーマで、主催が柏艪舎。犬好きの我が家はその時ちょうど置き去りにされた大型犬を引き取って大奮闘の真っ最中だったから、その過酷な体験をくぐり抜けて尚も人を信じようとする犬の健気さと、動物を飼ったら最期まで責任を持って欲しいという強い願いを込めて原稿を書いて送った。後日、柏艪舎から「あなたの原稿が選ばれました」と嬉しい結果を受け取り、2007年発行の『64の犬物語』にその文章は掲載された。64分の1の書き手として柏艪舎の本に関われた、私にとっての「ちょっといい話」だった。

山本光伸さん 今回の「ほっかいどう元気びと」は、その柏艪舎を立ち上げたご当人、代表取締役の山本光伸さん 72歳。
 資料を読むと、東京出身で逗子育ちの山本さんは、200冊以上も手掛けたプロの翻訳家。映画でヒットした「トップガン」のノベライズを翻訳したのも山本さんで、主にハードボイルド作品の名手として活躍してこられたという。
 「ハードボイルドの翻訳が多いそうで・・・」とまずは切り出すと、「私は運動をしていたせいか、文章のリズム感がいいとよく言われる。スピーディーな場面が自分でも得意だと思っていました」とテンポ良く答えてくれる。語彙が豊富で歯切れもよく、真っ直ぐに表現するのにとてもソフトな話し方に惹き付けられていく。
 そして、翻訳家にとって大切なことは、「語学の力だけではない。想像力が何より求められる。ただ正確に訳すだけなら将来コンピューターにとって変わられる。訳し手の“弾み”が無くては」。つまり、原作と違う作品を創る意識で向き合わないと単なる言葉遊びで終わってしまう。・・・そして、何より大事なのは、日本語のクオリティ。外国語以上に日本語の表現に長けていないと、いい作品は生まれない・・・等々、文芸翻訳の奥深さをご自身の内面から次々に紐解いてくれた。

 そういう山本さんを作っているものは、やはり本からの蓄積。自分の本の読み方は特殊ではあるけれどと前置きをして、作家の考え方、生き方まで深く取り入れるというやり方で、十代は太宰治、その後は三島由紀夫を経て、今は「孤高の作家」と言われる丸山健二に心酔していると言う。
 そんなふうに熟成された感性が翻訳作品に反映されているのはもちろん、どこでどう生きるのかにも大きな影響を与え、今はもう彼の作品しか読まないという程惚れ込んでいる丸山健二の生活信条に倣うように土のある生活を求めて北海道へとやってきたのだと、ひとつのストーリーを紐解くように語ってくれた。

山本光伸さん 「柏艪舎」を札幌に立ち上げたのは、その数年前に開講していた翻訳家養成学校「インターカレッジ札幌」の卒業生達の才能の受け皿になる発信の場を作りたいと思ったからだそう。
 地方都市の出版社の経営を存続させることは大きな困難も伴うはずだが、何度も山本さんの口から出てきたのが、「損得ではないのだ」という言葉。
 地方に、文学や文芸の素地を無くしてしまったら、その土地は痩せる一方。それを食い止めなくてはならない。たとえ犠牲を払ってでも誰かがそれをやらなくては・・・自分がそれを諦めてしまったら、またそれに取りかかる人が出て来るまでに何年もかかってしまう・・・。
 山本さんが声を大にして伝えたいのは、地方に出版社を残す意味だ。そして、伊藤整文学賞のような道標となるものを無くしてはいけなかったのだと、かつて東京から地方を見ていた山本さんは切々とそれを語る。
 文学・文芸へのその思いは「損得勘定ではない」。とはいえ、経営者としての立場でもあるという現実との狭間で揺れ動く思いも吐露し、でも、そういう自分だからこそ応援してくれる人もいて、彼らに恩を返すまではやめるわけにはいかないと、この経済原理の歯車の中で信念を通す難しさを気骨で乗り越えようという思いが真っ直ぐに伝わってきた。
 心の中ではいつも闘いの連続。だけど、“必ず陽は昇る”と信じられるハードボイルド。それが山本光伸さんの生き方なのだと感じられた濃厚なインタビューだった。

 そういえば、柏櫓舎主催のあの「64の犬物語」は、とても素敵な公募企画だと今でもそう思う。どの文章にも自分が関わった生きものへの愛が溢れ、犬を見つめる人の心の豊かさがひとつひとつの作品から伝わってきてじんわり涙が出てくる。
 あんなにハートフルな企画は、「柏櫓舎」のどんな人が発案したのだろう?女性社員かもしれない。会議でその女性が提案し、皆を説き伏せて実現させたに違いない。
 山本さんに訊いてみた。
 「あれは誰の発想ですか?」
 山本さんは、一言。
 「僕です!」
 …というか、柏櫓舎のアイディア全般は僕が考えてますからと笑う。
 思わず、「なぜに犬の企画を?」と問うてみると、目の前のハードボイルド氏は満面の笑顔で答えた。
 「僕が犬が好きなものですから!」。

 なるほど、心優しい主人公のハードボイルドには名犬がお似合いだ! 

(インタビュー後記 村井裕子)

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