9月28日放送

 『ほっかいどう元気びと』はおかげさまで3年半を迎え、これまで180人を超える方々にお話を伺ってきた。人はどんな気づきがあって自分自身をより良く変えてきたのだろう。困難をどう乗り越えてきたのだろう。どんな夢を抱きつつそれぞれの役割に取り組んでいるのだろう。十人十色の表現の生き方ヒントは私の中でも大きな財産になっている。
 元気びと達はその後どうしているのか。あの人にもこの人にももう一度会ってみたい。
 放送して終わりではなく、再びお話を伺う回があってもいいのではとスタッフの間で思いが共有され、「その後の元気びと」企画を進めることになった。

高原淳さん 今年の上半期締めくくりの今回は、カメラマンであり、帯広の「ソーゴー印刷株式会社」代表取締役社長でライターも務める高原淳さん 53歳。北海道の暮らし方を人の思いから丁寧に掘り下げて人気の雑誌『northern styleスロウ』の送り手として、前回は2011年7月にお話を訊かせていただいた。
 東日本大震災が発生してまだ4ヶ月程だったこの頃、被災地は依然混乱が続き、遠く離れた私達でさえこの国は大変な曲がり角にさしかかっているのだという現実に不安とともに向き合っていた頃だ。原発事故をきっかけに、このままの生活でいいのか、経済発展のために行き過ぎたところはなかったか、個々に出来ることは何があるのか・・・この国に住むひとりひとりがかつてないほどに自分達の足元を見つめ直そうとした時期だった。
 高原さん達『スロウ』スタッフがそれ以前から見つめ掘り起こしてきたのも、暮らしの「足元」。北海道という私達の住む大地を根本から見つめて、気づかなかったり見失ったりしていた美しいものや価値あるものを掘り起こそうとの理念のもと、ブームを追いかけるより自分の役割に一心に取り組む人の生き方や哲学を浮き彫りにしたいという意志を誌面に込めていることが伝わり、媒体は違えども同じところを目指しているのだと共感。改めて『元気びと』も頑張ろうと目に見えないエールを交換したような対談だったことを覚えている。

高原淳さん 高原さんの心の軸は、「カメラマン」という自分自身で選び取った仕事を一生のものにし、それを通して生き方の追求をしてきたという矜持。「身近な何気ないものの中に美しさを見いだす」ことを自分に課して、その気づきの感性を研ぎ澄ましながらファインダーを覗いてきたという高原さんだが、その意味合いを前回こう語っていた。
 「そういう思いで風景を切り取った写真を見た人達が、こんな美しい北海道もあったのだと気づくことで、それならもっと美しくしなくてはと暮らしの中で行動に移す。そんな人達を増やしていくことでさらに北海道を美しいものにしていきたい」と。
 3年が経って高原さんがより実感しているのは、同じような感覚や思いの人達が繋がりを持ててきたということ。特に、創刊から今年でちょうど10周年という『スロウ』を発信し続けて思うのは、「思いを込めてひとつのことを続けていると、人が繋がっていく」という確信。磁場に引き寄せられるように・・・という表現で高原さんは語り、そうやって繋がっていった人達が集う「スロウ村の仲間たち2014」という10周年企画を、10月12、13日に音更町で催すのだと楽しそうに話してくれた。手仕事の作品やこだわりの食を集め、作り手と読者との出会いの場になるのも楽しみなのだと言う。

 震災から3年半が経ち、あの直後にそれぞれが気づいた思いが時と共に薄まっていくのを感じて切なくなることがある。暮らしを見つめ直し精神性をより深めていく方向よりも、経済発展の掛け声とともに何事も無かったかのようにひたすら突き進もうとする力に加速度が付いていく。時に無力感に襲われそうになりながらも、「しかたがない」と諦めてしまわないように、これから何が出来るのだろうと考え続けているが、高原さんと久しぶりに話してみて、まさに「私達の足元にはこんなに素晴らしいものがある。人の力が、知恵がある。幸せを生み出すエネルギーがある」そういった本当に豊かな暮らし方を、地方から、気づいた人から、諦めずに地道に発信し続けていくことこそが確実に何らかの力になっていくのかもしれないと再認識させられた。
 その土地、その土地で、人が幸せに生きるための暮らしの知恵や仕事を丁寧に見せていく。自信を持って「どう素敵でしょう?」と。その本質を見つめる暮らし方がきっと何かを訴え、大事なことを気づかせる力になっていくのだ。

 高原さんは多くの人への取材を通しての気づきとして、「そういう強い思いで仕事に向き合い続けている人には、それぞれの“絶対”がある」という興味深い表現も今回されていたが、「僕の場合だと、絶対、平和です」と断言するのを聴いて、文章や写真の「出版」と、声と言葉の「放送」というそれぞれの立場ながら、伝え手同志の沢山の共感の元はここにあったのだと3年ぶりの対話で気づかされた思いになった。
 「自分の絶対は平和」という自分軸は、日々の仕事でも“対立”や“諍い”を遠ざけるだろう。どこに向かっていきたいかの強い思いは、やがて“磁場”を作り、同じ思いの人を引き寄せる。大事なのは、自分の生き方を問い続け、自分で軸を決めていくことなのだ。

 自分で自分に問い続けるだけでなく人に引き出して貰うことで思いは俄然明確になるが、実は今回、カメラマン兼ライター兼『スロウ』の発行人でもある高原さんから取材の依頼があり、ラジオ収録の後で雑誌取材を受けるという面白い体験をさせていただいた。
 訊く人と答える人の攻守交代。『スロウ』の中の高原淳さん責任編集「北海道 来たるべき未来を見つめて」という人物紹介の誌面に掲載とのことだったが、『元気びと』ゲストに取材されるというスイッチの切り替えは初めてのこと。まして、日頃インタビューアーは自分のことを語ったりはしない。「なんだか恐縮です」といった気持ちで質問を受ける側に回ったが、高原さんの「そもそもなぜアナウンサーに?」という直球の問いかけで記憶の中の“初心”のボックスが開くと、沢山の思いが次々に言葉となって溢れていた。
 聴き上手の高原さんを前に、これまで何を目指してきたのか、声と言葉を通して何を伝えたいのか、これからどういう役割を果たしていきたいのかを話す。話しながら気づいた思いも沢山あり、「問われて、引き出されて、気がつく」という実感を味わったひとときだった。
 正味2時間弱。原稿を書く作業はさぞ大変ではと再度恐縮したが、初稿を読ませていただいて、驚いた。私が大事にしてきたことがぎゅっと凝縮・抽出されていて、私自身もまだ言語化していなかった自分の本質のようなものが、高原さんの表現で浮き彫りになっていた。
 なんて優しく、なんて包容力のある文章なのだろうと敬服しきり。そして、なぜこんなふうに心に響く文章が書けるのかをこっそり“研究・分析”。贈り物のようにやってきた『スロウ』×『元気びと』のW取材は、想像以上の発見と深い学びをもたらしてくれた。
 高原さんのお人柄もにじみ出ているその文章は、10月25日発行の「northern styleスロウ」41号に掲載予定とのこと。是非ご覧ください。

(インタビュー後記 村井裕子)

HBC TOPRadio TOP▲UP