9月21日放送

 北海道放送を辞めて4年ほど神奈川県に住んでいた頃、思い立っては自転車を走らせ図書館に通っていた。
 18年の放送局生活を一旦離れ、仕事一辺倒の歳月で追いやっていたあれこれに自由に取り組めるとばかり「本の海」をワクワクしながら泳ぐ日々。
 そして、愕然とする。あれもこれもまだ知らないことばかり。この本もあの本もまだ読んでいない・・・習ったはずなのにほとんど忘れている・・・こんなにまだまだ知らない世界があったのかと書棚を前に果てしない思いになり、そして何かを埋めるようにせっせと借りて帰った。源氏物語の現代訳の読み比べ。枕草子や徒然草のおさらいに明治の文豪達の読み直し。つまみ読みだけだったシェークスピアや日本の戯曲。関東に住んでいるうちにと生の舞台を堪能した歌舞伎の解説読本に熱中したり、興味があった心理学や哲学書をかじったり。ひとつひとつ「知っていく」ことで渇きが癒え、更にもっと世界を知りたいと都内の大学公開講座や朗読教室にも足しげく通った。
 それらすべてが仕事に結び付いたわけではないが、その時選んだ「エネルギーと環境」「少数民族から学ぶシリーズ」などはやはり今の興味にそのまま繋がっているし、それを学べたことで自分の中にアンテナが立ち、情報を捉える感受性が敏感になれたような気がしている。そして、「まだまだ知らないことばかり」という焦りは、「まだまだ引き出しの中に入れるものがある」という生きる楽しさに繋がった。

 大切なのは、そういう気持ちを年を重ねても一生持ち続けていくこと。その見本になるような70代女性が今回の「ほっかいどう元気びと」のゲスト。「道民カレッジ」の7000単位を達成し、更に放送大学も受講する札幌の榎本聡子さん76歳。その意欲を持ち続ける秘訣、学びを諦めない思いを伺った。

榎本聡子さん 榎本さんは、昭和12年生まれだから、太平洋戦争が始まったのが4歳。終戦が8歳。混乱の中で北海道に移住し、開拓農家の働き手として子供時代を過ごすという、戦後の私達が簡単には想像出来ない生い立ちを語ってくれた。
 家の手伝いと農作業でまともに勉強することが出来ず、その思いがずっと残っていたと口調に力を込めていたが、聞いていてとても辛かったのは、家で教科書を開くと「女に勉強は必要ない」と父親に怒られたというエピソード。理不尽も何もまだわからない年頃で、とにかく怒られないように4キロの道のりの通学路で勉強を続けたそうだ。
 ほんの70年前の日本。ついこの間の出来事に胸が詰まる。「女は・・・」というだけで蔑ろにされがちな当時の悪しき風習の中でどれだけの女性達、子供達が涙を流したことだろう。
 その後も働き詰めの日々は続き、お子さん達も女手ひとつで育て上げた後、長年の重労働がたたって心臓の病気を患ってしまうという辛さも体験。だが、その闘病生活の中で念願だった勉強を取り戻したのだという。
 68歳で「道民カレッジ(ほっかいどう生涯学習ネットワーク事業)」に偶然出会い、体の無理がきかない自分には1単位ずつの勉強が合うかもしれないと続けるうちに気力が体力を補い、年を重ねて8年目の今年、76歳にして初の7000単位を取得。その間、放送大学にもチャレンジし、この3月に卒業後、再び別のコースに入学。
 目標は、90歳までに放送大学の6つのコースを卒業して名誉学生になることと言い、張りのある声で、「老化現象との闘いですが、今学べるのが嬉しくて、嬉しくて」と語る。
 問いかけに答えるスピードも驚くほど速いのは、日々新しいことに出会って、難しいと思うことにも臆せずチャレンジし、ものを覚えたり、分析したり、書いたりしているからだろう。

榎本聡子さん 世の中でよく耳にするのは、「老化現象でなかなかものが覚えられない」「覚えてもすぐ忘れる」「今から学んで何になるの?」という最初から諦めの言葉。榎本さんも、「アンダーラインが引いてあるからすでに勉強したところなのだと思うけど、全く覚えていない。しょうがないからもう一回覚えるの。間違いなく老化現象です」と笑っていたが、だけど・・・と言葉を続ける。
 「目標が無くなると老いが進み、生きることの目的を感じなくなるのではないか。寂しさが辛くなるのではないか。同じ苦労なら勉強で苦労して、老化現象にブレーキをかけたい」と話されていたのが印象的だった。

 苦労は生きている限りついて回る。ならば、「あっちが痛い、あれが出来なくなった」という苦しさを噛み締めるより、例えば、微分積分で冷や汗を流したり、覚えては忘れ、覚えては忘れる単語を再び覚えたりすることに「苦しむ」ほうが達成感も覚え、幸せ度は益す。
 私はよく、「言葉で幸せ度を増しましょう」と言葉の力、言霊の大切さを講座などで話しているが、確実にやってくる超高齢化時代に備えて、「今から学んで何になるの?」という不毛の言葉をみんなで封印してはどうだろうか。
 それぞれに興味ある学びを自由な気持で始めてみると、きっと前向きな連鎖が始まっていくに違いない。
 そして、覚えては忘れる、覚えては忘れる繰り返しにも決してめげない気力・体力も、今からしっかり付けておこう。

(インタビュー後記 村井裕子)

HBC TOPRadio TOP▲UP