8月31日放送

嶋本幸子さん 「ほっかいどう元気びと」、今回お迎えしたのは、「あいの里助産院」院長の嶋本幸子さん65歳。個人で助産院を開設して12年。出産にまつわる沢山のドラマを見てきた出産の専門家“平成のお産婆さん”に、その仕事への思いを伺った。
 嶋本さんの印象を短い言葉で表すとすれば、何はともあれ「安心感」のその一言に尽きる。ご自身も3人のお子さんを産み育てたおかあさん。近くに寄り添っていて貰えれば、掌にふっくらと肉の付いた働く手で痛いところをさすってくれるだろう、弱音を吐いてしまった時には耳を傾け、その考えが間違っていれば穏やかな声で厳しく叱ってくれるだろう、そして、とびきり美味しい味噌汁を作ってくれる・・・そんな、「おかあさん」度の高い人だ。
 こういう人が妊婦さんの心身を支え、出産を支える。適材適所という言葉があるが、きっと、助産師という仕事も嶋本さんの中のいいところを存分に引き出してきたのだろうと思う。仕事は、その人をその人たらしめる。

嶋本幸子さん 嶋本さんは、初めから医療関係の仕事を自分で志したわけではないと言う。美幌の農家の5人兄弟の末っ子。大学に行ける環境ではなく、母親に勧められて看護学校へ通ったというのが社会参加への第一歩。ちょうど時代は安保闘争などでの過渡期であり、高校では社会や平和への思いや人権意識を深める教育に接することが出来たと言い、当時は「国連の職員になりたかった」と話す。
 看護師になり、結婚をし、子供3人に恵まれ、次なる課題はその状況でどう仕事続けられるか、ということ。「夜勤の出来ない看護婦はいらない」という壁が目の前に立ちはだかった時に、その当時の病院の総婦長から「助産婦が足りなくて探しているらしいから、この際助産婦になったら?」というアドバイスが。「すごく看護婦になりたかったわけでもなく、すごく助産婦になりたかったわけでもなかった」嶋本さんだが、当時4歳、2歳、0歳の子供を保育所に預けて、夜勤もしながら受験勉強をし、助産師資格を得る。
 その後個人の助産院を開設したのは、助産師として病院に勤めていた時にもっと妊婦さんひとりひとりに手をかけてあげたいと思っていたから。「出産を終えたから、はい終わり」という関わりではなく、出産前の不安は勿論、その後の授乳の指導や子育ての迷いにも寄り添いたいと思ったのだと話す。
 病院の良さや役割は勿論沢山あると、嶋本さん。その機能を互いに補完しながら、妊婦さんには「自分が納得するお産」を選んで欲しいのだ、と。
 そうやって、ひとりの妊産婦とじっくり向き合うと、命を産み出すというドラマから見えてくるものが沢山あるのだろう。嶋本さんの口調が、ぐんとトーンが高くなったり、音圧が高くなったりするところが時にあり、そういう時の言葉には必ず心に届く思いが込められていた。
 例えば、「“少子化”といった数ではなく、赤ちゃんひとりひとりは“ただひとりの赤ちゃん”なの」という言葉。「その宿った命は、後で振り返ると一生にたった一回の妊娠出産かもしれないよ」と妊婦さんに掛ける言葉。「お母さんの成長は、胎児がお腹にいる時から始まっている。そんなふうにひとりの人間を成長させるほど赤ちゃんはすごい力を持っているし、その存在はほんとうに奇跡的なことなの」という言葉。「産まれたばかりの赤ちゃんには“正直に生きよ”と教えられて、原点に戻される」という言葉。
 「あいの里助産院」は、札幌市の助産施設に認可され、低所得者や生活保護世帯の母親達を積極的に受け入れているとのことだが、複雑な立場のシングルマザー達とも向き合う中での沢山の経験が産み出した人生観なのだと感じた。

 嶋本さんの話には何か一本の軸が通っている。団塊の世代としての世の中をより良く変えたいという時代が育んだ根っこかとも思ったが、「あなたの宝ものはなんですか?」の聞き取りをしながら、そればかりでもない影響力があるのを感じた。
 宝ものは「お天道様と自分はごまかせないよ」と教えてくれたという母親の言葉。善悪の判断は自分の中にあるというこの言葉を何かあるごとに思い出すと言い、いろいろ迷った時に「ほんとうは自分はどうなのかな?」と自分に問いかけてきたと話す。
 母親から贈られた心棒は太くて強い。

 母になった経験のない私自身は、嶋本さんのお話を聞いていて母のことを思い出していた。今は亡き母は、私をお腹に宿していたその時何を思っていたのだろう。幼い頃に母親を亡くした母がどんな不安と闘いながら子供を産んだのだろう。ひとりの女性としてどう生きたかったのだろう・・・そんなことを思いながら、あることに気づく。
 私を産んだ時の母は30歳そこそこ。今の私の年齢よりも遥かに若い!・・・びっくりすることに現在の私は母の母くらいの年齢になっている。よく考えれば当たり前のことなのだが、そんな若い母、なんだかとても愛しくなってくる。子育てに迷ったり、叱りながら一緒に泣き出したり、間違えることがあったりしても、そんなに若いなら当たり前だと今なら思える。一生懸命さが愛おしい。
 嶋本さんは、ひとしきり話した後で私に「すべての出産が素晴らしい。そんな出産に立ち会いたくなってきたでしょ?」と笑う。突飛すぎる映画の世界の発想だが、もし、タイムスリップすることが出来たら・・・私を産む母親に寄り添っていたい。
 嶋本さんのような肉厚な働く手ではないが、身体のどこかをいつまでもさすってあげていたい。私をこの世に送り出してくれて幸せだったよと感謝を込めながら、傍にいられたらなと思う。タイムスリップのセオリーとして、それはあり得ないだろうけれど。

(インタビュー後記 村井裕子)

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